小説 川崎サイト

 

跳び飛車


「ここと、ここの間を狙いますと、別のものができます。しかし間ですからねえ。近いものしかできませんが」
「でも別物でしょ」
「ほんの少しね。しかし、似たようなものです」
「はい」
「次は新しくできたそれと、お隣のものとの間を狙います」
「狭いですねえ」
「最初に狙った中間は、それなりに間隔がありました。そのど真ん中にもう一つ加わるわけです。より狭くなりますので、より、よく似たものが並ぶのです」
「殆どコピーのような」
「そうですねえ、一見するとそう見えます。中間の間隔が狭すぎるためです。しかし別のものです。ただ印象は同じです」
「はい」
「さらに、それとお隣にあるものの間を狙うわけです」
「さらに狭くなりますねえ。どちらも似ているのに、さらにその中間ですか」
「そうです。それを繰り返していると、奥が出てきます」
「え、何ですか、よく聞こえませんでしたが」
「はい、並んでいるものの中間というのは平面的ですねえ。ところが、中間の中間と攻めていくと、奥を突いてしまいます」
「まだ分かりません」
「まあ、横並びから奥へ入っていけるのです」
「しかし、場所はその近くでしょ」
「近いですが、今度は深みが出てきます。下へ向かうのですね。これを奥へ向かうと言ってます。奥への入り口は、そういうところにあります」
「深度が加わるのですね」
「そうです。そして、それはもう別のものです。今までの横並びの似たようなものとは次元が違うような」
「それがあなたの芸風の奥義ですか」
「話せば簡単なことですが、それを極めるには同じ様なことをやる時間が必要なのです。それと最初言いましたように、中間中間を狙うことです。決してコピーであってはならないのです」
「分かりました。中間がもうないような狭い隙間になったとき、下への階段が現れるのですね」
「上手い上手い、そう言うことです」
「極意というのは聞いてもできないのはそのためですね」
「そうです。会得するには時間がかかるということです」
「はい」
「次は」
「ま、まだあるのですか」
「今度は奥へ一歩入ったものと、先ほどの横並びのものの中間を狙います。つまり斜め上になりますね」
「ほう」
「このあたりになると、名人です」
「それだけ頭の中に引き出しがあるということですね」
「身についたものがね」
「はい」
「それがなければ斜め狙いの中間など見えませんから」
「さらにその次があるわけですか」
「はい、下の階段はさらに深いはずですが、あまり下ではもう意味が分からなくなります」
「その斜め狙いこそ、あなたの得意技ですね」
「そうかもしれません」
「そのことを世間ではあなたのことを跳び飛車名人と呼んでますよ」
「いえいえ、とんだこって」
 
   了


2018年8月15日

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