小説 川崎サイト

 

散歩将軍


 閑職。ここでは閑な仕事ではなく、あまり大したことのない役職に飛ばされた人の話だが、将軍だ。この時代の将軍は多数いる。官職だが与えすぎたのだ。そのため、官職が閑職になった。
 橘は国境の警備。これは非常に多くある。国境警備なので、重要な仕事なのだが、橘の任地先と隣接する国はないに等しい。だから一番手薄。敵が攻めてくる気配もないし、その気もないのだろう。
 要するに橘は辺境の僻地に飛ばされたのと同じ。派閥争いに負けたとも言われている。
 白河城と呼ばれているが、川はない。ある貴族がこの地に流されたとき、都に住んでいた頃の地名を、ここで使った。だから以前は大隅と言われていた。隅だ。都から離れすぎた僻地。しかし、国はそこまでで、その先は別の世界。ただ、もう国規模ではなく、村々が点在しているだけの蛮地。その先は巨峰。もう人は住んでいない。
 国境警備なのだが、それら点在する村々が攻めてくる恐れはない。軍規模ではないためだ。
 そのため橘将軍は暇で仕方がない。ここは遠征をしたいところだ。まだ人が住める土地がこの先にあるのだから。
「将軍、それは無理です」
「そうかね」
「以前もそんなことを考えた前任者もいましたが、一つ一つの村を潰さないといけません。大軍は必要ではないので、簡単です。しかし、村の数が多い。そして村々を纏める者がいません」
「そんな説明はいいが。暇だ」
「そのうち都からお迎えが来るでしょう。しばらくお休みを」
「君は平気なのか」
「自分はこの地の者ですから、問題はありません」
「そうか」
 異国へと続く道は門で閉ざされている。白河城は関所のようなもので。いわば巨大な門。
 その先は人がまばらに住む程度なので、行き来する人などいないが、物売りが来る。
 異国といっても敵国ではない。その脅威もない。たとえその地を取ったとしても、大したものは手に入らない。そこを治めるだけでも手間だろう。
 橘将軍は数人の兵を連れ、私服で門から出た。それらの兵は白河城の兵ではなく、都から連れてきた側近達。
 物見遊山でもするつもりで、出掛けたのだろう。視察でも何でもない。
 将軍の最後の言葉は「ちょっと散歩に出て来る」だった。
 この将軍が所属していた都での派閥は劣勢だったが、数年後、息を吹き返した。
 都での内乱が起こったとき、橘将軍の話が出た。
 当然白河城にはもう将軍はいない。散歩に出たまま何年にもなる。
 白河城の向こう側の蛮地。そこから橘将軍は出兵した。誰も纏めることができなかった点在する村々を彼が纏めていたのだ。
 白河城の門は開けられ、橘将軍は大軍を率いて都へ向かった。
 
   了
 


2018年8月21日

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