小説 川崎サイト

 

妖怪博士と担当画家


 暑い頃、夜な夜な現れていた妖怪だが、最近見なくなった。涼しくなったためだろうか。その妖怪、見た人はいない。見えないためだ。夏の暑い頃に出る。怪のものらしく夜にしか出ない。
 妖怪博士はこれには困った。見えないのだからビジュアル性がない。挿絵家はもっと困る。
 妖怪博士が書いた妖怪談は、文章だけではなく、挿し絵が入る。いつもなら、どんな姿をした妖怪なのかを説明している。画家のイメージではなく、博士がしっかりと指定している。こういう目で、こういう大きさで、とか。しかし、これはいい加減なもので、妖怪博士も実物など見たことがない。その殆どは昔の妖怪画を参考にしているが、新種の妖怪に関しては資料がない。
 それでも別の妖怪を参考にして、何とかなるのだが、今回のように姿のない妖怪に関してはお手上げだ。挿絵は必要ではなくても、そういう連載なので、レイアウトがおかしくなるので、必ず入れている。
 今回、偶然この画家と会う機会があり、ついでなので、そのとき説明した。
「夏になると夜な夜な現れる妖怪ですか」とまだ若い画家だが、絵描きではなく、イラストレーター。同じようなものだが、挿絵なので内容に絵を合わせてくる。
「夜にしか出ません」
「室内ですか、屋外ですか」
「ところ構わずです」
「いったいどんな妖怪なのですか」
「それがよく分からん。だから姿も分からないのじゃが、元々姿がないので、さらに分かりにくい」
「難解な妖怪なのですね」
「これはねえ、気配ものに属す妖怪でね、一応そういう属性はある。姿はないが声がするとか、音がするとか、音曲が聞こえるとか。しかし気配というのは感知しにくい」
「どういうことを起こす妖怪でしょう。それが起こっているところなら絵にしやすいのですが」
「いや、具体的に何かを起こすわけではないので、困りものじゃ」
「じゃ、何をやる妖怪ですか」
「夜になるといる」
「はあ」
「何かいる」
「はい」
「それだけ」
「困りましたねえ。それを見て、いや、見えないのですから、感じた人はどんな反応をしますか」
「またアレがいるなあ、程度じゃ」
「はあ、じゃ、不思議そうな顔が反応ですねえ」
「そうじゃな」
「じゃ、意外と簡単です」
「そうか。心配していたが、それなら画けるねえ」
「はい、久しぶりに妖怪以外の絵が画けます」
「しかし、妖怪らしきものを画かないと、あの編集者は許さんじゃろ」
「そうですね。妖怪図鑑を出すとか言ってましたから」
「妖怪カルタも出すと言っておる。だから妖怪の姿を画いてもらわんと困るらしい」
「分かりました。風景をもの凄く細かく書き、何も書いていないところを作ります」
「ほう、空気のように」
「そうです。空気か気体のように画いて、目をチョンチョンと入れれば、それでいけます」
「何かそれ、人魂か火の玉が尾を引いて飛んでいる絵に近いなあ」
「大きめに画きます」
「それで、行ける」
「しかし何故夏限定なのですか」
「それは熱帯夜などのとき、暑苦しくて、そういうのが出るのじゃ」
「まあ、いいです。出物腫れ物ところ構わずでしょうから」
「風情のあるように画いてもらえれば有り難い」
「はい、了解しました」
 妖怪博士、実は、この妖怪に関して、夏に夜な夜な出る妖怪ということ以上のことは考えていなかった。こうして画家と話すことで、形を作っていくようだ。
 
   了

 


2018年8月23日

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