小説 川崎サイト

 

宗方台風


 夏が終わったはずなのに暑い。何か異変が起こったのでないかと思い、寺田はネットで調べた。部屋が散乱している。これは異変のためではなく、片付けないで、そのままにしているため。
 テレビをつけた方が早いのだが、故障したまま放置してある。新聞など取っていない。古いパソコンがかろうじて稼働しており、これでネット程度なら見ることができるが、あまり使っていない。雨戸を閉め、世間を遮断した鎖国暮らしだが、雨戸は開いているし、窓も開いている。エアコンがないので、閉めると暑くて死んでしまうだろう。
 ネットの天気予報を見るが、異変ではない。地球が燃えだしたとかのニュースもない。ただ台風が近付いているようだが、大した規模ではない。
 これで急に暑さがぶり返した意味が分かった。台風が南からの暖かい空気を引っ張り込んだのだ。よくあることで、気にする必要もないのだが、今回の熱気のようなものは少し違う。暑さがぶり返した程度では騒がない。
 そこに電話がかかってきた。友人の宗方だ。戻ってきたので、会わないかという話。宗方は遠くへ行っていたのだが、戻ってきたようだ。
 これで正体が分かった。気象学的な異様な暑さではなく、台風は、この宗方なのだ。宗方が近付いてきたので、暑苦しくなったのだ。
 長いものには巻かれろというのはあるが、悪いものには巻かれろはない。悪に染まるなとか、友達を選べ、とかはある。どちらにしてもいいものではないので、会う必要はないのだが、世間を閉ざした鎖国中でも、この宗方だけとは繋がっていた。
「久しぶりやね、寺田君。元気だったかね」
 数年ぶりだが、宗方はさらにたちが悪くなったのか、顔が以前よりも怖い。少し膨らんでいるのは太ったからだろう。まぶたが分厚い。瞬きするとき音がしそうだ。
「相変わらず暑苦しそうだね」
「そうかい」
「前よりも脂ぎってる」
「チャーチュ顔だよ」
「油がにじんで、虹が出てるよ」
「それは言い過ぎだよ寺田君」
「戻ってきた理由は聞くまい」
「ありがとう」
 寺田はこの台風を適当にあしらった。何か言い出していたが、さっと矛先を変えたり、交わしたし、話に乗らなかった。長い付き合いなので相手の手はすべて分かっているので、与し易いのだ。
 簡単にあしらわれた宗方は不満そうだが、まあそんなものだと思い、話はそれで終わった。
「また近くまで来たときは寄るよ」
「台風は来ない方がいいけど」
「そう言うなよ」
「ああ」
「しかし」
「え、まだあるの」
「僕が暑苦しくて脂っこい人間になったのは、全部寺田君、君の影響なんだよ。そこだけは理解してね」
「そうだったかな」
「じゃ、またね」
「ああ」
 寺田は油顔を拭いた。
 
   了


 


2018年8月24日

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