小説 川崎サイト

 

生暖かい風


 幽霊博士が近くまで来ているというので、妖怪博士は駅近くの喫茶店まで出向いた。家に来てもらってもいいのだが、エアコンがないので幽霊博士も暑いだろうと思った。
 この幽霊博士、まだ若い。
「心霊はいけません。体を壊すと忠告していたはず。まだやっておるのですか」
「はい、また痩せましたが、これ以上落ちないと思います」
「それはいいが、いつ見ても目の縁が黒い。これは何か憑いているんじゃありませんか」
「悪霊ですか」
「さあ、分かりません」
「疲れると黒くなります。それだけです。ご心配なく」
「それで最近どうですかな。わざわざ私に会いに来られたのですから、何か用事でも」
「いえいえ、本当に近くまで来たものですから。とある幽霊屋敷の住人が以前住んでいた場所が、この近くにあったもので、それを調べていたのです」
「何か見付かりましたか」
「幽霊屋敷の持ち主です。しかし、特に変わったことはありませんでした。裕福な家でした。身元もしっかりしておりました。だから幽霊屋敷などを買えたのでしょうねえ。趣味を果たしたということです。幽霊屋敷というのは持ち主に原因があることが多いのです」
「その幽霊屋敷について、来られたのですか」
「ええ、だからそれは済みました」
「いや、私にその幽霊屋敷を見せたいとか、そういう話ではないのですな」
「はい、ご安心下さい。そんなことはありません。それに調査も順調で、問題は何も起こっていません」
「そうですか」
「ところが先生」
「来ましたね」
「え、何がですか」
「何か聞きたいことがあるのでしょ」
「そうです」
「何でしょう」
「生暖かい風」
「ほう」
「幽霊が出る前に、お寺の鐘がボーン、生暖かい風がヒューとなります」
「よく聞きますねえ」
「何故温風なのですか。普通なら背筋がぞっとするほど冷たいとかでしょ。冷気がするとか。ところが生暖かい風は理に合いません」
「怪談話のとき、誰かが勝手に語ったものでしょ。頃は夏ではないはず。暑いときにそれより暖かい風となると熱風。暑苦しい風です」
「ああ、季節のことを計算に入れていませんでした」
「夏なら、生暖かい風ではなく、冷気がよろしいかと。その方が目立ちます。違う空気が来ている感じがします」
「僕はうんと小さい頃、近所のお姉さんのスカートの中に入るのが好きだったのですが、それが生温かくて」
「幽霊ではなく、そちらの方へ進んだ方がよかったのでは」
「え、どういうことですか」
「何でもありません。さ、続けてください」
「ですから、生暖かい風って、生き物が発しているのかと思いましたよ。お姉さんの温もりのような」
「あ、そう」
「つまらない質問をして、申し訳ありません」
「それは今回の幽霊屋敷と関係しますか」
「しません」
「生暖かい風も背筋がぞっとする冷気もなかったわけですな」
「はい、ありませんでした」
「いましたか」
「幽霊ですか」
「幽霊屋敷でしょ」
「屋敷が幽霊のようなものでした」
「ほう」
「屋敷の中に幽霊がいるのではなく、屋敷が幽霊のようなものです。そういう建て方をしていたのでしょうねえ。いかにも幽霊が出そうな。ただし西洋の幽霊でしょうか。洋館でしたから」
「では、心霊との接触はなかったわけですな」
「はい、もし接触しておれば、また体調を崩しますから」
「だから、およしなさいと言っているのです。幽霊は弄らない方がいいと」
「はい、肝に銘じます」
「しかし、この喫茶店、暑いのう」
「エアコンが弱いのでしょ」
「間違えて暖房にしておるんじゃないのか」
「それはないと思います」
 
   了



 


2018年8月25日

小説 川崎サイト