小説 川崎サイト



怖い本

川崎ゆきお



「怖い本を読むと体調が悪くなるのですが……」
「読まなければいいと思います」
 相談員は電話を切ろうとした。
「でも、不思議なんです」
「体に合わない食べ物があるのと同じですよ」
「アレルギーじゃないです」
「どんな具合になるのですか?」
「風邪っぽいのです」
「ここは緊急を要する相談なんです。あなたは大丈夫ですよ」
「じゃあ、続けて読んでいいのですか。心配ないですか?」
「だから、読まなければ大丈夫です。分かりました?」
「でも、食欲がなくて、元気もなくなるんです。不安な気持ちがずっとあって」
「ええ、ですから、怖い本を読むからですよ。読まなければ大丈夫です」
「怖い本を読むと祟りがあるんじゃないですか?」
「どんな本です?」
「心霊スポットとか、恐怖体験談とか」
「普通の本は読まないの?」
「読みます。でも、たまに興味があって」
「読むとすぐに体調が悪くなるの?」
「そうです。読んでる時に、もう」
「怖いのに、どうして読むの? 読めなくなるんじゃないの?」
「怖くないです。だから、本を読んで怖くなって体調が悪くなるんじゃないくて、何かあるんじゃないかと」
 相談員は真面目に考えだした。
「あなた、そういう本を読む時、元気な時じゃないでしょ」
「は、はい」
「だから、体調を崩れかかった時に読むんだと思うわ。読んでも読まなくても、体調を崩す時期なのよ」
「じゃあ、読み続けてもいいんですね。本が原因じゃないんだったら」
「栄養のある物食べて、ゆっくり眠ること」
「はい、分かりました」
「これで、いい?」
「怖い本を読むと霊が来ることはないですね?」
「一般にはありません」
「一般って、何ですか?」
「普通は、ないということですよ」
「でも、あるって、本に書いてあります」
「体調が悪くなると、そういう気持ちの悪い本を読みたくなるんだと思いますよ。だから、そういう本を読みたくなったら、体調が悪くなりつある前触れだと思い、安静にしてください。分かりましたか」
「あのう……」
「では」
「横に、変な人が立ってます。あ、違った。浮いています」
 
   了
 
 


          2007年6月8日
 

 

 

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