小説 川崎サイト

 

磨崖仏


「この道を行くと何処に出ます」
「はあ」
「だから、この道はどこへ繋がっていますか」
「行き止まりですよ」
「別の道と繋がっていないのですか」
「そうですよ」
「何処で行き止まりになりますか」
「山」
「山道があるでしょ」
「崖です」
「崖沿いの道とかがあるでしょ」
「ありません」
「じゃ、本当に行き止まりなんだ」
「そうですよ」
「その行き止まりの手前には何があります」
「家です」
「じゃ、そこに住んでいる人のための道ですか」
「そうです」
「不審な質問ですみません」
「何か用事ですか」
「いえ、道があると入り込みたがる性分でして。特にこういう小道が好きでして」
「しかし」
「はい」
「これは裏側の隙間のような道でして、奥の家と繋がってますが、裏道ですよ。それらの家を訪ねるのなら、表道から行った方がよろしいですよ」
「そうですねえ。この道だけだと、車も入れないですし」
「そうです」
「丁寧な説明、ありがとうございました」
「私も先ほどからぐるぐる回りながら得た情報です」
「え、地元の人じゃないのですか」
「そうです。この小道、路地ですがね。奥へ行きますと左に十軒、右に十二軒ほどの家がありますが、それなりに敷地は広いですよ。廃屋が一軒と、空き家が三軒。まあ、ちょっと古い町じゃ、少し寂しいかな、という程度ですが」
「不動産関係の人ですか」
「まあ、そのようなものです」
 静かな住宅地で立ち話をしているためか、後ろから人が見ている。
「奥へ行きますか」
「はい」
「じゃ、ご一緒しましょう。行き止まりに柵がありますが、それを超えると、崖の下に出ます。切り立った岩肌がありましてね。そこに磨崖仏があります」
「磨崖仏」
「浮き彫りですよ」
「知らなかった」
「私はてっきり、それを見に来た人じゃないかと思ったのです」
「違います。僕は道が好きで」
「まあ、行ってみましょう」
 歩き出すと前方に人影。道ではなく、庭から見ている。
「ちょっと声を抑えた方がよかったですねえ。話していること、丸聞こえだったようです」
「別に悪い話をしていたわけじゃないので、いいでしょ」
「そうですねえ。行きましょう」
 振り返ると、後ろから見ていた人が増えている。
「ちょっと怖いですねえ。走った方がいいでしょ」
「そうですねえ」
 二人は一気に十軒分ほどの距離を走り抜け、柵を飛び越えた。
 そして灌木を抜け、磨崖仏のある崖まで来た。
 振り返ると、柵のところまで追いかけてきたのか、こちらを見ている。
「拝んでいるふりをしましょう。これなら不審じゃないでしょ。何を目的としているのかが明解です。信心です。信仰心による振る舞い」
「あなた不動産関係の人じゃないでしょ」
「そうですか」
「こういうことに熟知しておられる」
「いえいえ」
 しかし、柵を越えて、町の人がじわじわと寄ってきた。
「ゾンビか」
「こういう経験は初めてだ」
「僕もそうです。道を探して、うろついているとき、怪しまれますが、追いかけられたことなどありませんよ。それに数が多いです」
 崖の右は川で、下へ降りられない。左は山にかかる雑木林。逃げ込むとすれば、そちらしかない。
 二人はさっと、走った。
 そして、大きく曲がり込んで、別の道からまた町に入った。そして、二人が立ち話をしていたあの小道まで来た。彼らの背後に回り込んだようなもの。
 そして先ほどの十軒分ほどの路地を通り、柵を抜け、灌木を抜け、崖下へ出た。
 先ほどなかったお供え物が積まれていた。
 
   了


2018年8月28日

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