「寒いねえ」
雨が降りしきる。
「寒いねえ」
見るからに不審な男が話しかけるが、雨音で聞き取れないのか、青年は気付かない」
「にわか雨だよ、あっちは青い箇所がある」
不審な男が指差すので、青年はやっと気付いた。
「兄ちゃんは何してんの?」
「待ってます」
「あがるのを?」
「はい」
雨脚は弱まりかけている。
「傘、あるんだろ」
「濡れますから、まだ……」
不審な男は傘を持っていない。
「傘差して歩いている人もいるじゃん」
「遠いので」
「何が?」
「目的地まで」
「その間に濡れるってことね」
「はい」
不審な男は呼吸を置く。その表情はベテラン俳優のそれに近い芝居臭さがある。
「景気はどう?」
「まあまあです」
青年はカジュアルな服装だ。
「学生?」
「違います」
「帰るとこ?」
「そうです。家まで」
「じゃ、途中で雨に遭ったわけだ」
「はい」
「おじさんは何をされている人ですか」
不審な男はおじさんと呼ばれたのがショックだったようだ。演技が崩れた。
「おじさんに見えるか?」
「はい」
不審な男は四十を過ぎていた。二十歳の青年から見ればおじさんだろう。
「俺も年をとったなあ」
不審な男は演技を取り戻した。
「まあ、ガンバレや」
「はい」
雨脚は急に弱まった。
「じゃ」
青年は歩きだした。
不審な男はいつもの話を始めようとしたが失敗した。
おじさんと呼ばれたことが尾を引いたのだ。
不審な男は雨が止んでも雨宿りを続けた。
了
2007年6月9日
|