絵の不自由な人
立花は売れないイラストレーターだが、弟子にしてくれという人がいる。これは合わない。落語家ではないためだ。
それでも自分を選んでくれたことで、少しは嬉しい気持ちもある。そういう気持ちを出すと隙が生まれる。だが、仕事もなく、暇なので会うことにした。
しかし相手の得体が知れない。それに家に来てもらうのもいやだ。それに安アパートなので、それを見られたくない。そこで、駅前の喫茶店で会うことにした。複数の店があり、よく打ち合わせで使う店ではなく、滅多に行かない店。というよりほとんど入ったことがない店。
立花は喫茶店のドアを開け、狭い店内を見回す。
該当する男がいないどころか、客が一人もいない。店の人も奥にいるのか、姿がない。
適当なテーブルに着くとき、椅子をカチンと音が出るように引いた。木製のためか、拍子木のような音がした。これで分かるだろう。
奥からトンボのような目をしたお爺さんが出てきた。年をとると目が小さくなるはずなのだが、逆にまん丸で飛び出ており、しかも大きい。若い頃はもっと大きかったはず。
注文し、コーヒーを飲みながら煙草を一本吸い終えたあたりで、その男がドアに足をぶつけたのか、鳴り物入りで登場した。
「どうして僕なのですか」
男はミニコミ誌の編集部で紹介されたらしい。たまにそこで仕事をすることはあるが、その編集者も冗談が過ぎる。アシスタントなどいらないことは知っているはずなのに。
しかし、立花なら暇なので、相手になってくれると思ったのだろう。
「絵を見せてもらえますか」
「はい」
立花は百均の落書き帳に画かれた絵を見る。
「絵が不自由なのですか」
「はい自由に画けません」
話はこれで終わるはず。
「イラストレーターとしてやっていけるでしょうか」
「芸術家ならできるでしょう」
「いや、私は大衆相手の絵が好きでして。そんな高尚なジャンルはちょっと」
「デッサンとかしました?」
「はい、デッサンができるだけのデッサン力がありません」
「だから、デッサンをするのです」
「あれは苦痛の洞窟で」
「何ですかそれ」
「ダンジョンゲームにあるのです。苦痛の洞窟。これをクリアーしないと先へ進めません。これは最初の方に出てくるのですがね」
「知りません」
「先生のような絵でもやっていけるのですから、私にもできるような」
「僕のような絵とは」
「いや、それは言えませんが」
「絵が不自由だと苦労します。だからもし瓢箪から駒で万が一イラストレーターになれたとしても、その先はその苦痛の洞窟ですよ」
「はい、分かりました」
「じゃ、これで」
「はい、有り難うございました」
これで、完全に話は終わった。
その後、その男、超一流のイラストレーターに見出され、その後あの不自由な絵で彗星のように登場した。などにはならない。当然それはあってはいけないことだから。
了
2018年9月7日