小説 川崎サイト

 

夕神


 その日の暮れ方、佐々木も途方に暮れた。沈みゆく夕日とお揃いなので、いい設定だが、このままでは夜の暗みに入り込む。佐々木にとって非常に暗い話に入る直前。しかし、釣瓶落としの季節ではないので、すぐには日は沈まない。結構粘っている。
 また日は落ちても、残照がある。雲はまだ明るい。これが降りると帳も降り、幕が完全に閉まる。
 佐々木それまでに何とかしたいのだが、そんな僅かな時間で解決する問題ではない。
 しかし、夕焼けを見ていると綺麗だ。こういうのは雨でもない限り、毎日やっていることかもしれないが、その組み合わせは二度と再現できない。一回きりのもの。ものすごい偶然が重ならないと、見事な夕焼け空にはならない。そのとき、雲の動きや雲の形が大事で、ここだけははっきりとした具がある。塊が、形がある。
 そんな夕焼け空の解説をしている場合ではないのだが、人の世とは関係なく、上でそんなドラに似た光と色彩が織りなすイベントが行われている。主催者はいない。
 結局途方に暮れた佐々木は夕焼け鑑賞へ逃避した。そこは人の世ではないためだろうか。別世界。
「夕焼け神を見られましたか」
「え、あなたは」
「あなたの目付き、それは神を見た目付きです」
「そ、それが夕焼け神なのですか」
「夕神とも申します」
「それは何なのですか」
「ただの自然現象」
「そうですねえ」
「しかし、そこに神を見出すものです」
「そこまで考えていませんでしたが」
「はい」
「あなたは誰ですか」
「通りがかりのものです」
「あ、そうですか」
「ただ、夕焼け空を見ている人がいると声を掛けたくなるのです。あなたのようにじっと眺めている人は希です」
「いえ、別のことを考えていただけです」
「夕神様にお願いすれば、叶えてくれるかもしれませんよ」
「はい、ご親切にどうも」
 要するに自然に任せろという程度のものだろうか。佐々木は少しそれで気が落ち着いた。
 
   了

 


2018年9月8日

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