小説 川崎サイト

 

説得の神様


「話し合って相手の意見を少しでも変えたいのですが」
「それは無理でしょ」
「話し合いで解決しませんか」
「対決になるでしょ」
「はあ」
「意見といいましても、根の深いものがあります。当然もの凄く浅い根もね。また根だけではなく、それが何処に生えているか、そういった環境も含まれているのですよ」
「それが何か」
「その人にとって、それが最善策なので、変更しようがなく、ある意見を言い続けることもあるのです。こんなもの話し合いで譲るとかどうかの問題じゃありません。無理でしょう」
「異なった意見でも、何とか妥協点を見出せませんか」
「餌が必要でしょ。おいしいものが」
「それでいけますね」
「しかし、根は変わりませんよ。同意したわけじゃありません」
「それは少し不満です。やはりお互いの意見を理解し合い、手を握りたいのです」
「それじゃ、あなたも意見を変える必要がありますよ。相手が合わせてきたのなら、あなたも合わさないといけません」
「それはできません」
「そうでしょ。だから無理なのです」
「じゃ、やはり餌ですね」
「そうです。餌のために意見があるのですから、餌がもらえれば、何でもよくなります。しかし、根本的なことは変わりませんがね」
「しかし、あなたは説得の神様と言われています。その秘伝を教えて下さい」
「相手の意見は変えられません。それが秘伝です」
「それならやはり餌ですね」
「餌でも無理だから、問題なのです」
「餌が効かない相手ですね」
「そうです」
「そのときはどうなさるのですか、説得の神様としては」
「説得するのです」
「それは分かっています。どういう風に」
「相手の意見をよく聞くことです」
「それは大事ですね。自分の意見ばかり言うよりも」
「相手がそれで意見を言い出せば、何とかなります」
「じゃ、相手の意見を受け入れるわけですか」
「ずっとずっと聞き続けます。相手が疲れるまで」
「はあ」
「一晩中、いや二晩でも三晩でも聞くのです。そのうち」
「そのうち」
「相手は根負けします」
「本当ですか」
「もう、自分の意見を言うのも面倒になります」
「じゃ、説得されて、相手は意見を変えるわけですね」
「変えません」
「じゃ」
「折れるだけです」
「では説得の神様とは、そんな単純なことなのですか」
「しっかりと付き合うことでしょう。相手がもういいというまで意見を聞く。こちらは一切意見を言わない。説得もしない」
「はあ」
「それで今回は相手に泣いたもらいます」
「はあ」
「まあ、相手としては大きな貸をやったようなものです。当然餌も用意しますがね。その餌は出さない」
「流石説得の神様、すごいですねえ」
「いやいや、説得に応じない相手では無理ですよ」
「はあ」
「話し合いに応じる相手でないとね」
「参考になりました」
「しかし、相手の話を綿々と聞くには体力が必要です。だから、体力作りが大事かと」
「はい、有り難うございました。ところであなたの席なのですが、そろそろ引き時かと」
「早速説得に掛かりましたね」
「はい」
「長い長い時間がかかりますよ。付き合えますか」
「はい」
「それ以前に、先ほど言いましたでしょ。その件に関しては話し合いに応じないと」
「話し合いに応じない相手を説得する方法を教えてて下さい。あなた説得の神様でしょ」
「何でもかんでも聞けばいいというものじゃない」
「はい失礼しました」
 
   了

 


2018年9月10日

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