小説 川崎サイト

 

地道に生きる


 暑くて何ともならない夏が終わったのか、涼しい風が吹き出した。これで何ともならなくはなくなったのだが、三島はやることがない。だから何ともならなくてもよかったのだが、何とかしたいという気持ちが発生した。これは頭がクールダウンし、冷静に物事を考えられるようになったため、もう部屋も頭も冷ますクーラーはいらない。
 三島は何かをしたいと思うようになったのだが、これといったネタがない。それよりも片付けないといけない用事は山ほどある。それをやればいいのだが、やる気がしない。やる気はあるのだが魅力のあるネタがないのだろう。地味なネタばかり。しかも放置していても、そのときになってからやれば済むようなものばかり。転ばぬ先の杖という言葉もあるが、用意万端しておけば困らないのだが、その用意に魅力がない。これはメンテナンス系で、積極性がない。できれば攻撃に出たい。
 では何処に向かって進むのかだが、それが問題で、いいネタが見付からない。思い付くようなものはほとんどやってしまった。いずれも中途半端で好ましい成果はなかったが。なくてもそれをやり始めているときは楽しかった。この躍動感がいいのだろう。
「また今年もやってきましたね」
 こういうとき、三島は数少ない友人を訪ねる。話している間にいいのが見付かるかもしれないし、その友人が持っているものを盗んでもいい。他人のアイデアを先に使うのは快感。先回りして先にさっとやってしまうと、気持ちがいい。
「秋になると、君は何かないかとよく聞きに来るねえ」
「夏が終わったので、これから何かまたやろうと思うんだ」
「季節ごとに言ってない」
「夏の初めは言わない」
「そうだったか」
 平日の昼間、その友人と話しているのだが、この状態も考えものだ。二人ともぶらぶらしているか、自宅警備でもしているのか、何もしていないのだろう。いわば同類。確かに数少ない友人だと言える。
「ねえ三島君。そろそろ地味なことをやらないかい」
「ずっと地味だけど」
「ああ、地味じゃなく、地道だった」
「最近舗装された道が多いから」
「誤魔化さないで」
「地道ねえ」
「君が地道な生き方にチェンジしたなら、僕もそれに合わす」
「本当か」
「だから、三島君が先に地道にやりなさい。見倣うから」
「地道とは」
「まあ、真面目に会社勤めに出ることだ」
「そうか、ネタ切れで、何ともならないか」
「お互いにね」
「じゃ、競争しよう。どちらが先に地道に歩み始めるかを」
「そうだね。これで勢いが付く。僕も真っ当な暮らしに戻る時期だと思っていたんだ。秋口はそれを実行しやすい。判断も冷静になるし」
「分かった。もう何枚も落としたけど、また目からうろこが落ちたよ。新たな世界が開けた気持ちだ」
「うん」
 しかし二人とも、その後、仕事に出たという話は聞かない。
 
   了
 

 


2018年9月11日

小説 川崎サイト