小説 川崎サイト



抜けません

川崎ゆきお



 どこかに隙間があり、それをうまく見付け出し、そこを潜り抜けることで危機から脱せると岩村は夢想していた。
 だが、その通路を抜けても、違う町角に出るだけで、現状はさして変わらない。
 岩村の言う隙間とは考え方の隙間だ。考えの及んでいない箇所があると思うところの錯覚だ。
 岩村が危機と言っているものも、岩村が考えている危機で、本当は危機でも何でもない。
 いずれも精神的なことなのだが、具体的なことが含まれていないわけではない。
 人事異動で、他の部署へ追いやられる……というのが具体的な事柄なのだが、仕事がなくなり、働き場所が消えるわけではない。
 岩村は予知能力があるわけではない。だが、そんな能力がなくても、転属場所を考えると「追いやられる」に等しくなる。
 そこへ移った人間はろくな社員達ではない。その後は退職している。居残っている社員も、いずれはいなくなる。
 だが、その部署から抜け出した社員もいる。敗者復活戦に辛うじて勝ったのか、運がよかったのだろう。奇跡の復活と言われた。
 この転属はリストラと同じ意味であり、首になったのと同じなのだ。
 岩村は夜の繁華街を歩きながら、抜け道を考えた。現状では抜け道はない。転属先の総務資料室は自主退職を促す場所であり、ここでの仕事は、退職を決心する場なのだ。
 そこから脱するには自主退職しかない。これがメインの大通りだ。
 抜け道があるとすれば、元のまっとうな部署へ戻る道なのだが、一方通行だ。
 評価されている人間なら、島流しには遭わない。
 それを考えると岩村は素直になる。認めてしまうのだ。上司との相性も悪かった。同僚とも親しくなれず、一人浮いていた。
 人員整理で真っ先に候補に上げたのはあの上司だ。当然だろう。岩村が上司で、一人削るとすれば、やはり岩村のような人間を選ぶだろう。
 岩村は細い路地へ入り込んだ。何処へ抜けるのかは知っている。
 抜け道ではなく、抜けないで居座ろうと考えた。
 つまり、転属先で居座る決心をした。それは選択の中には入らない道なのだが、これこそが抜け道ではないだろうか。
 岩村は翌日から総務資料室で意味のない整理作業に没頭した。
 意外と居心地もよいようだ。
 
   了
 
 



          2007年6月10日
 

 

 

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