小説 川崎サイト

 

呪文


「徳山の彦左衛門さんですか」
「そうです、わしが彦左衛門ですが、何か御用ですか」
「何代目かに当たるわけですね」
「そうです。本名は徳山一郎です」
「ご長男なので、彦左衛門を継いだわけですね」
「はい、間違いありませんが、彦左衛門は戸籍上にはありません。屋号のようなもの」
「それで、なかなか見付からなかったのですが、お会いできて嬉しいです」
「そうですか」
「数えたことはないのですが、何代目でしょうか」
「十四代目です」
「それは凄い歴史ですねえ」
「いえいえ、ただ、たどれるのは十五代目まででして」
「初代彦左衛門さんのお父さんまでですか」
「そうです」
「それで、今は彦左衛門さんをやっておられますか」
「やっておりません」
「しかし継いでおられる」
「はい」
「見せてもらうわけにはいきませんか」
「いやいや、名ばかりで」
「でも引き継がれたことがあるのでしょ」
「あるにはありますが、そんなもの役に立つのかどうかは分かりませんよ」
「是非、お願いします」
 彦左衛門は何やら呪文を唱えた。
「ほう、聞いたことがありませんが、祝詞に近い節回しですねえ」
「はい。でもこれは縄を張ったり、火を焚きながらでないと効果はないのですよ。縄も、護摩木も、もう用意していませんので」
「呪文の文句は分かりますか」
「分かりません」
「日本の古い言葉でないようですし、漢読みでもない」
「西方から伝わったと聞きます」
「インドのまだ西」
「そのように聞いておりますが、もっと西」
「中東まで」
「もっと西だと」
「ほう」
「どういうときに使うのでしょうか」
「なんでも効きます」
「初代からそうですかな」
「いえ、効能が増えていき、四代前まではなんでも効くになってしまったとか。しかし、そのあたりからもうこんな呪いの時代じゃありませんから」
「所謂祈祷なのでしょ」
「それとは違うようです」
「ほう」
「その呪文、録音してよろしいですか。お礼は払います」
「いいですよ。もう役に立たないおまじないのようなものですし、屋号は背負っていますが、もう商売にはなりません。廃業状態ですので。しかし徳山の彦左衛門の名だけは残したいと思っております」
「はい、分かりました」
 妖怪博士は、たまにこうして呪文や呪器などを手に入れる。
 これをたまに人に売ることがある。薬のようなものだが、副作用はない。護符もそうだ。こういうもので、悪いものが祓われたり、近付かなかったりするのだが、その効能は効く人には効くようだ。
 しかし、今回仕入れた呪文。特殊なものに効くように思われた。日本のモノではなく、西洋のモノに。
 これは使う機会が少ないなと思いながらも、いざというとき、役立つかもしれない。たとえば十字架に対し、免疫ができてしまった悪魔や吸血鬼などに。
 
   了
 



2018年9月25日

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