小説 川崎サイト

 

秋の空


 秋、雨が続いていたのだが、久しぶりの秋晴れ。しかし久しいと言うより、これまで一度も秋らしい晴れ方をした日はなかったように思う。晴れていても夏の暑さが残っており、秋らしい爽やかさがなかった。だからやっと秋が来た感じだろうか。
 下田は暇なので、自転車でウロウロするのが趣味だが、最近出不精になり、以前ほどには遠出しなくなった。それが年々減っていったのだが、もう自転車で行けるような近場は全て行き倒したので珍しくもないのだろう。だからといって電車に乗って見知らぬ町へワープする気にはならない。これも仕事の関係でほとんどの町は行き倒していたためだろう。
 その日、晴れたのだが、翌日から雨のようだ。秋台風が来ているらしく、晴れ間は今日一日。絶好の行楽日和。秋を満喫するにはこの日しかない。今年初めての秋らしい日和。
 下田は出掛けたくなったのは、このチャンスを逃すと、次はいつになるか分からないため。台風が去ったあと、また雨でも続けば行けない。グズグズしていると、秋が終わってしまう。
 つまりサイクリングに出るわけだが、走ることが目的ではなく、自転車の上から風景を見るのが目的。そのため距離を稼ぐ走り方ではない。ただ、一気に走り抜ければ、結構遠くまで行けるので、急いで走れば見知らぬ町内に入り込むことも可能。これは風景も新鮮だろう。生まれて始めて見る町であり、景色なのだから。
 しかし、季候が良いためか、気持ちが緩んできた。これはいい感じで、非常にリラックスしている自分がいることを下田は感じた。こういうときは骨休め。何もしないでだらだらしている方が合っている。
 同時に緩んだ気持ちからは冒険心は起こらない。そのため、出掛ける気がどんどん失せてきた。これは天気がいいためだ。
 天気がいいので出掛けたいのだが、天気がいいから寛いでしまう。早い目の小春日和を体験するようなもので、猫のようにウトウトし始めた。
 気候の良さが、もう何もしたくないというコース取りになるという妙な具合になっている。
 これは何だろうと下田は考えた。しかし考えるのも邪魔臭くなり、昼食後に出掛けようとしていたのだが、出掛けたことは出掛けたものの、これは昼食後にいつも行っている喫茶店。これなら昨日と同じで、外出は外出だが、単なる日常移動だろう。普段の通り道を移動しているだけ。途中で水の補給も必要ではないし、着るものも適当でいい。
 しかし、いい天気の日にぐだぐだし、何もしないでいることが、結構気持ちがいい。
 そして、出掛けないという方向に決まったとき、何故かほっとした。
 
   了





2018年10月2日

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