小説 川崎サイト



地域ボランティア

川崎ゆきお



「退屈しませんか?」
 退職した教師を訪ねた春山が聞く。
「それはないかな」
「まだ、そんなお齢じゃないんですから、いろいろやってみたいこともあるでしょ?」
 春山は地域ボランティアに恩師を誘い出すための訪問だった。
「テレビを観たり、本を読んだり、散歩に出たりと、退屈はせんよ。それに、君のような珍しい客も来る。卒業以来じゃないのか。君もすっかり年老いて誰だか分からんかったよ」
「僕は今年定年でした。これからは地域ボランティアで活躍したいと思っているんですよ。今、組織作りで奔走中です」
「それは退屈だから、やるんじゃないだろ?」
「いや、きっと退屈すると思い、やり始めたのです」
「何もせんでも退屈などせんから心配せんでいいのに」
「でも、毎日刺激のない日々では持たないでしょ?」
「歩いておるだけでも退屈せんよ。その日の体調でね、歩き方も変わるんですよ。見える風景も違ってくる。同じ場所だけどね。季節により草花も変化しよる。そういうものを見ておると退屈はせんよ」
「でも、世の中のことに疎くなったりしませんか?」
「テレビや新聞があろう。今どうなっとるのか君より詳しいかもしれんぞ」
「でも一方通行じゃなく、世の中に働きかける行為も必要ではないでしょうか」
「つまり、ボランティアに参加せよという話だな」
「ええ、先生に参加して貰えれば、教え子も多いですし……」
「私の他にもいるだろ」
「はい……」
「断られましたな」
「いえ、先生が一番の適任者だと思い……」
「で、何をすればいいのかな?」
「大変なら顔を出すだけで十分です」
「つまり、名前を貸せと言うことか?」
「一応、顔だけは出してほしいのですが」
「そんなことで地域に貢献できるとは思えんが」
「それだけでも安定感が違います」
「安定感? 不思議な言い回しだな」
「いかがでしょうか」
「地域に貢献するんじゃなく、君に貢献するわけか」
「これは、地域活性化のボランティアで、みんなで盛り上がろうという計画なんです」
「主催者は君か?」
「はい、皆さんのお世話をやらしてもらいます」
「退屈するとろくなことをせんなあ。静かにできん子やったからなあ」
「はい、お騒がせします」
 元教師は話に乗らなかった。
 
   了
 
 



          2007年6月12日
 

 

 

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