小説 川崎サイト

 

行楽日和


「よく晴れましたねえ」
「秋晴れ、日本晴れです。行楽の季節です。どこかへ出かけたくなります」
「毎年、そんなことを言ってますなあ。そして出かけないまま冬を迎えている」
「そうでしたかな。まあ、その気分になっても体が動かないだけです」
「動ける間に動いた方がいいのでは。歩けるうちに」
「そうですなあ。しかしもう必要としないのでしょ。出かける必要がね」
「でも、出かけたいと思う気持ちは起こるわけですな」
「そうです。今日のようなよく晴れた日は」
「じゃ、このまま出かけられては」
「はあっ」
「ここまでは出てこられるのでしょ」
「徒歩距離ですからね」
「ここは駅前、駅まで歩けるでしょ」
「当然ですよ。見えていますよ」
「そこで切符を買えば、さっと出かけられますよ。この沿線の行楽地に」
「ありますなあ。でも、もうよく行った場所ですからねえ」
「じゃ、ここの私鉄からJRに乗り換えれば行ったことのないような観光地まで行けますよ。座っていればいいんですから」
「そうですなあ」
「空港行きのバスも出てますよ。それで飛行機に乗れば海外も」
「いやいや。パスポートがありません」
「じゃ、国内の最果てとかは」
「それじゃ一泊か二泊必要でしょ」
「家を空けても大丈夫でしょ。何か用事でも」
「いえいえ」
「ああ、旅費の問題ですか」
「その程度ならあります」
「じゃ、出かけられるじゃありませんか」
「しかし、帰ってからやることがありますから」
「用事?」
「ネギの根っこを早く植えないと、枯れてしまいます」
「家庭菜園」
「いや、ネギを買いましてね。少し茎を残した根があるのです。本来なら食べられる箇所です。それをわざわざ残したのは、植えるためです。早く植えないと」
「そんなことですか」
「自分で伸ばしたネギを切ってチキンラーメンに入れて食べるのが好きでしてねえ。ものすごく得をしたような気がします。チキンラーメンは五つ入りで買います。それとインスタントラーメンは続けて食べると体に悪いので、ネギが伸びるまで待つのです。これをラーメン間隔。まあネギ時計です。日を計ります」
「私は札幌ラーメン醤油味しかインスタントラーメンは食べません」
「カップに入ったインスタントラーメンがあるでしょ」
「ありますなあ」
「湯をかければいいやつ。あれの本家はチキンラーメンなんだ」
「じゃ、カップヌードルも食べますか」
「いや、私はもうヤングじゃないので。それに唇をやけどします」
「唇、あるのでしょ」
「ありますよ。なければ気持ち悪いでしょ」
「唇は意外と丈夫です。だから多少熱くても」
「唇はそれでいけても、皮がむけます。それを押して食べとしても、私、猫舌でしてね。今度は舌がしばらくヒリヒリして痛い痛い」
「だから、ぬるくなった状態のチキンラーメンならいけると」
「そうです。それと分厚い目のどんぶりで食べます。汁を吸うとき、流れが違います」
「それは分かります。プラスチックのお椀と木のお椀とでは味が違いますからねえ」
「ところであなた、日本晴れですが、あなたは出かけられないのですか」
「はい、出不精なもので」
 
   了




2018年10月7日

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