小説 川崎サイト

 

水回り


「雨ですなあ」
「水を差されました」
「おや、何処かお出掛けで」
「野暮用でね」
「じゃ、聞くのは野暮ってことですな」
「そういうことです」
「いいところですか」
「聞いているじゃないですか」
「そうでした」
「じゃ、言いましょうか」
「はい、いったい何処へ」
「ホームセンターです」
「ああ、ただの買い物でしたか」
「だから野暮用です」
「なるほど」
「何を買いに行くかを聞きたいですか」
「はい、ついでなので、どのあたりに着地するのかを見たいので」
「着地ですか」
「まあ、ホームセンターは広いですからね。何を買うのかは見当が付かないでしょうねえ」
「つきません」
「じゃ、言います。センです」
「セン」
「栓」
「ああ、栓ねえ。で、何の」
「ちょっとした洗い物をすることがあるのですよ」
「はあ」
「洗濯機を使うほどでもないし、汚れがひどいときは浸け置きしたい」
「洗濯などしたことがないので、よく分かりませんが」
「それで、手洗いがあるでしょ」
「お手洗いですな」
「そうです。洗面所のあれですよ。水を溜めて顔を洗うとかね」
「ありますねえ。うちにもありますし、昔行っていた事務所のトイレにもありました。ありふれたものです」
「まあ、水を溜めて顔を洗う人は少ないでしょ。流しっぱなしにして、手で受けて洗いますよね。それに手だけを洗うのなら、そんなに水を溜めなくてもいい。まあ昔は洗面器がありましたがね。水道がなかった時代でしょ。今でも風呂場で使いますが」
「分かりました。結局は洗面所の栓が悪くなったと」
「はい、漏れるのです。隙間ができたのでしょうねえ。ゴムか何かでしょうが、じんわりと漏れます。痩せたのでしょう」
「すぐに流せば分からないでしょ」
「だから、浸け置きです。洗濯物の」
「ああ、溜めて使うと」
「一晩とか一日寝かせるのですが、水が涸れてる」
「じゃ、じんわりと抜けていくのですね」
「その方が水を替えなくてもいいので、これでもいいのかなとも思いました。たまに漏れないときもあるのですよ。置き方でしょうなあ。うんと力を入れて埋め込むように置いても漏れる。逆に軽く乗せる程度でも漏れない。水が溜まりますと、それなりの水圧が掛かり、いい案配で栓ができるのかもしれません。まあ、浸け置きをしたいので、やはり新しいのに買い換えることに決めたのです」
「それで行こうとしたら雨」
「だから水を差されました」
「百均なら近くにありますよ。ホームセンターはここからは遠い」
「百均でも見ましたが、ありません。網になっていて、これじゃじゃじゃ漏れ。ゴミ取り用とか、ヌルヌル防止用とか、そんなものばかりで、栓はありません。詰めるための栓」
「じゃ、今日は行けないと」
「この雨じゃ、遠いので、傘を差していても濡れるでしょ。それに急ぎの用じゃない」
「この近くに古い金物屋がありますよ。日用雑貨屋ですが、そこにありそうな」
「行きました。サイズ別が色々あって、面倒なので、それは置いていないと。それに始終出る品じゃないでしょ」
「この近くに水道屋がありますが」
「あれは工事用で、個人相手じゃない」
「水問題解消というようなカードがよくポストに入っているでしょ」
「来てもらうだけで一万円だったりしますよ」
「じゃ、やはりホームセンター」
「そうです。しかし雨で行く気が失せました」
「水に関わる問題だけに」
「何ですか」
「いや、何か洒落たことを絡ませて言いたかったのですが、思い付きませんでした」
「あ、そう」
 
   了

 



2018年10月14日

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