小説 川崎サイト

 

OLランチ


 高田は重い重役室のドアを開いた。重役なので、ドアも重いわけではないが、確かに重い。これは確信犯だ。
「ああ、来てくれましたか」
「はい」
「まあ、掛けなさい。話す時間が取れなくてね。君とはコミュニケーション不足なので、少し話そうと思ってね。まあ、気楽に話そうじゃないか」
 しかし、もの凄く豪華な部屋だ。こんなところで仕事などできるのだろうかと、先ず高田は感じた。それよりも、こんな背景では気楽に話せるわけがない。構えてしまって当然だろう。
「今、頭の中にあることを言ってください」
「はあ」
「遠慮は無用。誰も聞いていません」
「はい」
「さあ、今、頭の中にあるものを」
「昼」
「昼?」
「昼ご飯、何を食べようかと」
「ほう、それはまた」
「昼が近付くと、頭の中はそればかりになります」
「そうか、実は私もそうなんだ」
「あ」
「弁当を持ってくればいいのだけどね。それなら考えなくても済む。しかし、ここじゃ弁当は合わない。君の課じゃどうだね」
「誰も弁当など持ってきていません」
「匂いがね」
「はい」
「それに社員食堂もあるでしょ」
「ありますが、同じようなものばかりで」
「私も何度か行ったが、あれじゃねえ。テンションが下がる。どうだね。これから焼き肉でも食べに行かないかね」
「じゃ、昼、食べるものが、決まっているじゃありませんか。焼き肉と」
「いや、君の顔を見て、焼き肉が食べたくなった。それよりも一人じゃ入りにくいからね」
「でも、ランチタイムに焼き肉定食をやってる店があります。一人客が多いですよ」
「既に焼いたものでしょ」
「そうです。当然混雑時ですから相席ですが、二人なら潜り込みやすいのです。でも並んでいます」
「並ぶのは嫌だねえ」
「高い店なら大丈夫です」
「ほう、大丈夫かね。君は行ったことがあるのですか。昼に」
「流石にそれはありませんが」
「うーん、行きつけの店はあるにはあるが、遠い。それに夜にしか行かないので、昼間っからじゃ、何だかねえ」
「じゃ、焼き肉はやめますか」
「そうだね」
「じゃ、また考えないといけませんねえ」
「君は何処まで考えていた」
「僕ですか、まだ真っ白ですが、昨日はビジネスランチでした。これは最初から捨てて掛かっています。何も期待しない。ただ何か食べないといけませんから」
「ビジネスランチねえ。私も昔はよく食べたよ。外回りが多かったからね。それよりもOLランチが食べたかった」
「女性向けですね」
「しかし、あまり女性は来ない店だよ。しかし、プリンが入っていた。それとメインの具が違う」
「ABCとかありましたか」
「ああ、ビジネスAランチ、Bランチね。トンカツがハムカツやミンチカツになる。取り巻きは同じだがね」
「取り巻き」
「ポテトとかキャベツとかだよ。しかし、OLランチにはそこに小さなトマトが加わるし、ヨーグルトも加わる」
「それ、食べに行きませんか」
「え」
「一人じゃ無理でしょ」
「二人でも変に思われるよ」
「いや、僕の知っているところは食券を買います。だからOLランチと声を出さなくてもいいので、その分アタックしやすいです」
「そうかね」
「それで変な顔をされた場合、ああ間違った、まあ、いい。これにしてくれと言えばいいのです」
「よし、決まった。その手でいこう」
 二人は重役室から出て行った。
 コミュニケーションが上手く取れたようだ。
 
   了




2018年10月20日

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