小説 川崎サイト

 

慣れ疲れ


 思っているものよりも、思わぬものとの遭遇の方がインパクトが強い。これは悪いことなら災難だが、いいことなら新鮮。
 思ってもいなかったことなどそれほど多くはない。それなりに知っていたりする。既知だが詳しくは知らないし、また興味はあっても近付かなかったりする。
 情報としては知っているがタイミングが合わないのか、相性が悪いのか、無視していたようなもの。だから思っているものの外にいる。内に入り込まないのは、何らかの事情があるのだろう。これは自分には合わないとか、少し世界が違うとか。
 しかし、あることを思っているときや、考えているとき、ふっと入り込むことがある。思っていることとは違うこと。だから思っていないことが。
 思っていないことなので、思い浮かべることはないはず。しかし意識に上らないだけで、その存在は知っていたりする。無意識ではなく、意識内に並んでいるが、そこは暗くなっている。敢えて意識しないだけ。
 だが、今思っていることが上手く行かないとか、何となく息詰まったり、飽きたり、不満が多いとき、その思っても見なかったものが現れる。思いの中に入れていないもの、枠外。自分の外にあるもの。そこから探すしかなくなった場合、思っても見なかった展開になるかもしれない。しかし、本当は思っていたことなのだ。知っているくせに、ということだろうか。
「要するに今度出る新製品の話ですな」
「そうです」
「馴染みのないメーカーだし、あまりよくは思っていない企業です」
「それはあなただけのことでしょ」
「そうなんですが、今回の新製品、これはその垣根を越えてもいいんじゃないと思うようになりました。ちょっと新鮮です」
「そうでしょ。世界を広げるいい機会です。馴染みがなくてもね」
「そこなんです。馴染み疲れました。それで新鮮に見えました」
「まあ、そこでも馴染めば、同じように馴染み疲れしますよ」
「こういうのを目先を変えるというのでしょうねえ」
「そうですねえ。目先が変わるだけの話で、実際には同じようなものですよ。慣れてくるとね」
「やはり馴染み疲れですか」
「そうです」
「思っても見なかった展開に走りたいだけかもしれません」
「そうです。しかし、たまにはそうやって動いた方がいいのです。自分の内側に取り込んだ世界ばかりじゃなくね」
「はい、有り難うございました。参考にします」
「参考」
「はい」
「じゃ、あまり役に立たないアドバイスということですな」
「いえいえ」
 
   了





2018年10月26日

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