小説 川崎サイト

 

陽の当たる場所


 陽射しで液晶が見えにくい。島田はバックライトを最大にまで上げる。これでノートパソコンの文字が見えるようになったが、まだ真っ白。何も書いていないためだ。
 その喫茶店では、こういうのはたまにある。しかし南側の隅に限られている。このテーブルだけ直射日光が来る。硝子窓。上から下までガラス。日除けやカーテンはない。
 こういうのは年に何度もあるのだが、その日の島田は陽射しを意識した。夏が過ぎてからかなり経つが、暑いと感じることは希。それが徐々に減っていく季節。寒いと感じる方が多い。しかし、まだ冬ではないので小春日和とまではいかない。暑いのだ。まるで温室のよう。半袖で充分なほど。
 島田は陽の当たる場所から離れて久しい。復帰する気はあるが、どうもこの陽射しが眠い。本物の陽射しのためだろう。逆に頭がぼんやりとしてきて、このまま白昼夢でも見ているほうが似合う。
 しかし、雲が多いのか、しばらくすると陽射しが消え、フラットになる。スポットライトを浴びるのは僅かな時間。しかし、陽の当たるところをずっと歩いている人はいる。何処かでかげることは確かだが、島田の場合、それが平均寿命のように、平均的な年齢で、それが終わり、幕を下ろした。
 それからが長いので、全盛期の頃は遠い昔の話で、それが同一人物とは思えないほど乖離していた。つまり現実の過去だとは思えないほど離れすぎたのだろう。その繋がりが切れたように。
 それで以前のことなど忘れたように、また陽の当たるところに出ようとしている。これは植物が太陽に枝葉を向けるのと同じかもしれない。
 陽の当たる場所。それは舞台の板の上。そこに立つ方が、陽の当たらない奈落へ向かうよりも楽なのだ。窮屈なところを通って下りないといけない。
 というようなことを陽射しを受けながら、一瞬思ったのだが、陽が隠れると、そんなことを思っていたことそのことが白昼夢に近い。
 そして、いつものようにノートパソコンの白紙画面に向かい、昨日見たテレビドラマの感想を書いた。既に業界の人ではなく、ただの視聴者として。
 そのとき、また陽射しが戻り、直射日光が先ほどより強烈で、また何も見えなくなった。
  
   了





2018年10月28日

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