小説 川崎サイト

 

画友


 モダンな家というか、アトリエ。それがメインで住居は従。一人暮らしの画家なので、寝るところがあればいいのだろう。高台にあり、この家だけが目立つ。画家として真っ盛りの頃に建てた。今は石組みにも苔が生え、いい感じになっている。
 盛りの過ぎた画家の家へ盛りなど一度もなかった画家が訪ねてきた。親友だ。
 八方美人だったその高峯という有名画家は、訪ねてきた無名貧乏絵描きには美人は使わない。八方の中に最初から入っていないのだろう。吉原というその親友は既に画家ではない。売れることもなく、名をなすこともなく終わっているが、高峯との親交は続いている。高峯にとっては近い距離にありすぎるので、八方美人の射程外。近すぎるとその気になれないのだろう。八方美人とは誰とでも、ということだが、外面に過ぎない。
「また絵を書こうと思うんだがね」
「またかい」
「ああ、もう趣味でもいいから」
「いやいや、君の場合、最初から趣味だよ」
「そうだったかな」
「君とはスタート時点から違っていた。僕はプロを目指した。絵を書いて稼げる人にね。君はそのへんが曖昧で、絵筆を持つことだけ楽しかったんだろ」
「その話は何度も聞いたよ。ところで高峯、君は絵を書かなくなって久しいが、どうなった」
「何が」
「だから、どうなった」
「何にもなっていないさ。仕事がないので書かないだけさ」
「定期的に個展を開いていたじゃないか。僕は行ったことがないけどね。ここに来れば、君の絵なんていくらでも見られるし、書いているところも見ているから」
「盛りを過ぎたあたりで、もう書くのをやめたんだ。この事は何度も説明しただろ」
「でも絵を書きたいとは思わないかい」
「え」
「だから、絵が書きたくなり、むずむずしないかい」
「しない」
「私はするねえ」
「君は絵筆を持っているだけでも楽しいからだよ」
「しかし、仕事がきつくて、最近書いていなかったんだ。また書こうと思うだけど」
「そんなもの勝手に始めればいいじゃないか」
「君も書かないか」
「僕はもういい。書きたいものは全部書いた。それに儲けたからね。もう仕事などしなくてもいい」
「羨ましいなあ」
「絵はねえ、年をいくら取っても上手くなる。絵の下り坂はないんだよ」
「衰えると思っていたけど」
「それは君が以前に書いた絵と同じようなものを書こうとするからさ」
「そうか」
「ただし、絵柄にもよるがね」
「でも書こうよ。こんな立派なアトリエがあるんだから」
「ああ、いつでも書く用意はできてるけど。面倒くさくてね。だから精神力がいるんだ。君の場合、まだ伸び代がある。どう化けるか分からない。君もそれをまだ期待しているだろ」
「うん、かすかに」
「まだ燃焼不足なんだ。これは伸び代に繋がる」
「しかし高峯、筆を使っていないと、落ちるよ」
「それはない」
「まあ、そういえばそうだねえ」
「そうだろ。何年も休んでいたとしても、いきなり書いても書けるものなんだよ。一度自転車に乗るのを覚えたら、一生忘れないだろ」
「でも、書くときの立ち上がりが遅いので、明日から始めようと、思ったりとか」
「それはあるけどね」
「で、どうなの。やはりもう書く気はないの」
「まあね。君は頑張って楽しめよ」
「出来上がったら、持ってくるよ」
「面倒な奴だなあ」
「じゃ、また来る」
「ああ」
 
   了

 


 


2018年11月2日

小説 川崎サイト