小説 川崎サイト



怖い

川崎ゆきお



「世の中で何が怖いですか」
「世の中そのものが怖いよ」
「それは厳しいですねえ」
「怖いからこそ、そうならないようにする」
「そうですねえ。非常に広い範囲を防御するスタンスですね」
「すべてが怖いので、それだけ用心する」
「世の中のどこが怖いですか?」
「そうだなあ。視線かな」
「視線?」
「人の目だよ」
「それも怖いですねえ」
「でも、私も視線を発してるからねえ」
「怖いですよ。高橋さんの視線は」
「君の視線も怖いよ」
「視線って、どこから発せられるんでしょうね? もちろん目からだと思うんですけど」
「目から光線が出るわけじゃない。それに、見つめられなくても出てるよね」
「あの人はどう思っているのか……って思うことで出ていますね。それ、内側からですね」
「相手の内側から出ているじゃなく、そう感じていると思うことだな。だから、会ったこともない相手からも出ている」
「それがどうして怖いのでしょう?」
「自分が存在してることが怖いんだよ」
「存在ですか?」
「このあやふやさが怖さの源泉なんだ」
「どういう種類の怖さですか」
「今、説明しただろ」
「ピンと来ません。もっと単純な怖さについて聞いたのですが……」
「たとえば?」
「一人で便所へ行くのが怖いとか……」
「そっちの話か」
「その例では視線は関係します?」
「ああ……」
「誰かに見られているわけじゃないでしょ」
「しかしだ。恐怖は内側から発生しているだろ」
「昼間なら怖くないですよ。怖い雰囲気ってあるんですよ。視線じゃなくても」
「私はそれは怖くない。それでいいじゃないか。私は人の視線が怖いと答えただけだ。君が聞くからだよ」
「すみません。もっと軽い話だったんですよ」
「そうか。で、何でそんなこと聞くんだね?」
「怖い話が、好きなんです」
「どうしてだ?」
「だから、そんな本質的な話題じゃないんですよ。ああ、怖かったで、いいんですよ」
「それは悪かったなあ」
「いえいえ」
 
   了
 
 


          2007年6月15日
 

 

 

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