小説 川崎サイト



勝負の時

川崎ゆきお



「勝負するか」
 吉原は決めた。
 それは賭けだった。
 梅雨時、体調を崩し、腹具合が悪い。多少ましになったのだが、食欲がない。
 食べないと元気も出ないのだが、喉を通らない。だが食欲はある。体は食べ物を求めているのだ。
 吉原は栄養ドリンクを飲むが、効いたのか効いていないのかが分かりにくい。
 コンビニで弁当を見るが、手にする気にならない。どうせ残すことが分かっているからだ。
 牛乳が効率がいいのだが、吉原にはアレルギーがあり、飲むと下痢をする。
 宇宙食のような栄養ビスケットのような物を二日ほど食べている。
 やはりはっきりしたものを食べないと、食欲を起こす気力も失せる。
「勝負するしかないか」
 吉原は、そんな時の解決方法を知っていた。しかしそれは非常に危険な賭けでもある。
 今までの戦績は二割ほどだ。五回に一度成功する確立だ。
 負けると今よりも悪くなるが、勝つとその場で回復する。
 これは魔法でもなんでもない。体が本当に回復し、食欲も増し、栄養も行き渡り、元気になるのだ。
 時計を見る。
 まだ深夜の二時までには間に合う。
 吉原は自転車に乗り、幹線道路を走る。
 梅雨の湿気が細かな雨粒となって吉原を包む。傘を差しても纏わり付く。
 腹が冷えないよう、やや厚着で出ている。下着も長袖だ。冷えると腹具合が悪くなるためだ。
 小雨が霧のように視界を悪くするが、ネオン看板がぼやけてロマンチックだ。
 やがて黄色い看板が現れる。目指す勝負場所のラーメン屋だ。
 ここのスープは強烈で、あの粘液が体をまろやかに磨き直してくれる。
 吉原はラーメンを注文した。
 食欲が心配だったが、目の前に出てきたラーメンを見て心配は吹っ飛んだ。
 湯気が立たない。スープの表面が湯気さえ押さえ込むほど強烈なのだ。
 吉原は恐る恐る麺を口に入れる。付着したスープも一緒に入ってくる。箸で麺を取り出す時、力がいる。スープの粘液がいかに強力かが分かる。こんな重い麺は類を見ないだろう。割り箸が折れそうだ。
 思い切ってスープを飲んでみる。
 ぐーと、栄養の原液を流し込むような感じだ。
 勝負はここで決まる場合と、帰ってから決まる場合がある。
 今のところ無事だ。
「勝てるかもしれない」
 吉原は一気に食べ切った。これだけの固形物が喉を通るのは久しぶりだ。
 負ける時はスープの一口で決まる。便意はない。
「勝った」
 吉原の勝率は上がった。
 
   了
 
 


          2007年6月16日
 

 

 

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