小説 川崎サイト

 

よく分からない本


「難しそうな本を読んでおられますが」
「ああ、この本ですか」
「ちょっとタイトルを盗み見しました」
「興味をお持ちですか」
「装丁が似ていましたので。まあそれだけでも何の本だかは分かりましたが」
「じゃ、あなたもお読みになった本」
「そうです。もう読み終えましたがね」
「難しい本ですねえ」
「はい、よく分からないという本です」
「確かによく分かりません」
「分からないということが書かれた本ですから」
「はあ」
「もの凄く時間の無駄をしました。何故分からないのかのその過程が書かれいるでしょ」
「そうですねえ。分かろうとして、いろいろと模索する姿です」
「それだけです」
「じゃ、模索書ですか」
「さあ、そんなジャンがあるのかどうかは分かりませんが、暇じゃなければ、そんな本は読みませんがね」
「そうですねえ。知らないことならネットで調べた方が早いですしね。いきなり解答や要約が書かれていますから」
「その解答を得るまでの話です。その御本は。しかし解答が出ないというのが解答のようです」
「じゃ、読む必要がないと」
「過程が興味深いですよ。あちらへ行ったり、こちらへ飛んだり。宝探しのようにね」
「本を買うのは久しぶりでして、ここ一番読み応えのある、歯応えのあるものに挑戦したわけですが、失敗でしたかねえ」
「買われたのですから、失敗とは思いたくないでしょうが、長い時間を掛けて読んだ結末が、よく分からないとなりますと、スカを引いたような気になります」
「いや、歯応えがあるだけでいいのです」
「犬が骨を囓っているようなものですかな」
「そうですねえ。何か咥えたり、口に含んだり、噛んだりなめたりねぶったり、それだけで充分ですよ」
「良い読者ですなあ」
「まさか」
「え、何か」
「あなた、この本の著者では」
「違います」
「そうですねえ。プロフィールを見ますとずっと海外で暮らしている人で、一度も日本に来たことのない日本人のようです」
「フランスでしたねえ」
「そうです」
「だから、著者は私じゃないですよ」
「そうですねえ」
「知らないことを本から得るのですが、この本を読んでも分からないままです。知ることはできないと書かれています。だから何を知るのでしょうねえ」
「私も、今読んでいる最中ですが、この本から何を得られるかどうかはその人次第ではないでしょうか」
「ほう、それは著者が喜びそうな話です」
「やはりあなた、著者じゃないのですか」
「違います」
「一度も日本に来たことがないと書かれていますが、それは以前の話でしょ」
「そうですねえ。その可能性もありますが、私じゃありませんよ。そんな偶然は有り得ません。偶然すぎてあり得ないのです。とってつけたような話じゃないですか」
「そうですねえ」
「私はこの本を読んだあと、何も得られませんでした。得ようとしても得られないということでしょう。必死で何かを得ようと努めました。これがいけないのかもしれません」
「じゃ、この本、結構いい本かもしれませんねえ」
「そうです。しかし暇じゃないと、読めませんがね」
「解説有り難うございます」
「いえいえ、読書の邪魔をしました。失礼します」
「はい」
 
   了



2018年11月21日

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