小説 川崎サイト



深夜に立つ男

川崎ゆきお



 都市化は町内でも起こっている。町そのものが都市化しているためだ。
 昔の下町の町内は、村と同じように顔見知りが住んでおり、一人一人の身元が共有されていた。それらは井戸端会議が情報交換の場となっていた。
 その井戸とは、共同井戸で、水道の普及前の話だろう。
 町内では主婦が情報の運び人となり、町内だけで分かるような話が飛び交っていた。
 これも昔のことになるのは、近所付き合いをしない家が増えたことだ。
 都市化とは見知らぬ人が入り込んでも問題にしないことだ。
 大村がそれを感じたのは夜中のことだ。ちょっとコーヒーを飲みに行きたくなり、ファミレスへ行くことにした。深夜の二時前のことだ。
 家の前の道は生活道路で車が入り込むとすれば救急車ぐらいだろう。その道を利用する人間は、その道沿いの家だけだ。
 自転車に乗り、進もうとすると前方に人がいた。スーツ姿の若者だ。町内の道路は街灯が明るく、暗闇はない。夜だから見えない状態ではなくなっているのだ。
 大村は乾電池式の電灯を点けた。
 青年はその明かりで驚いたのか、さっと動いた。
 大村は構わず進むと、青年は大通りまで逃げた。
 大通りに出るとコンビニがあり、この時間でも車は走っている。不特定多数の人が動いていても問題は何もない。天下の大通りだ。
 大村はファミレスの方向が右なので、右折した。青年は左側へ避けたようだ。
 青年が立っていた場所は大通りから少しだけ入り込んだ生活道路なので、その道沿いに用事があるのかもしれない。
 しかし、昔からそこに住んでいる大村にとり、見知らぬ男が深夜に立っているのは今まで経験したことのない光景だった。
 その翌日も深夜に大村は家を出た。昨夜と同じようにファミレスへ行くためだ。
 すると昨夜の青年がまたいる。今度は自転車に乗ったまま止まっているのだ。
 大村は昨夜と同じように電灯を点けると、青年は自転車を進め、大通りまで逃げた。
「何をしてるのか?」
「あ、いえ」
 大村がよく聞いてみると、大通りに面したマンションに彼女が住んでおり、携帯で呼び出しをかけていたようだ。マンションから見えないように、生活道路に身を潜めていたらしい。
 それを聞いて安心し、大村はファミレスへと向かった。
 
   了
 
 



          2007年6月17日
 

 

 

小説 川崎サイト