小説 川崎サイト

 

ある人脈


「水谷道太郎に近付きたいと」
「はい」
「何者か、知っておりますか」
「偉い人でしょ」
「知る人ぞ知る存在です。彼のことを知っておられるだけでも大したものです」
「いえいえ、たまに名前を聞くので」
「何か用件でも」
「お近づきになりたいと思いまして」
「それは無理でしょ」
「近付けませんか」
「近付けます」
「じゃ、いけるじゃないですか」
「会うことは簡単かもしれませんが、それだけです」
「できれば仲良くなりたいのですが」
「それはできますがね」
「じゃ、簡単じゃないですか」
「しかし、水谷道太郎は一人でぽつりといるわけじゃありません。取り巻きのような人々がいます」
「子分ですか」
「いえ、ただの仲良しグループです」
「ああ、それは何処にでもあるでしょ。その仲間に僕も加わりたいのです」
「水谷道太郎との接点はありますか」
「接点? ああ、興味があります」
「接点が興味がある……だけ」
「まあ、そうですが」
「何か得たいわけですか」
「交流があるだけで、充分です」
「要するに人脈の中に加えたいと」
「そうです」
「確かに水島道太郎と親しいというだけで、ちょっとしたものですが、知る人ぞ知る存在なので、あまり効果はありませんよ。一般的な場ではね」
「それは分かっています」
「しかし、知っている人は知っている」
「はい、コアな人も加えたいと思いまして」
「それで、水島道太郎ですか」
「はい」
「しかし、取り巻きが村を形成しています。そこには入れません」
「仲良しグループでしょ」
「そうです。ここはもう固定しています。水谷道太郎にはそんな気はないのですが、余所者を入れたがりません」
「それはどの仲良しグループでも同じでしょ」
「片山晋呉、山岡三次郎、牧田貴子、タイガー山下、黒沢明人。こういう人と交流はありますか」
「まったくありません」
「その中にあなたが入れると思いますか」
「思いません」
「そうでしょ。だからあの村には入れないのです」
「仲良しグループには水谷道太郎よりもうんと有名な人もいますねえ。名前だけは聞いたことはありかと思いますが他の人は、知らない人が多いでしょ」
「このメンバーは固定しています。いずれも水谷道太郎を尊敬する人達ばかり、私利私欲はありません。だから仲良しグループで、それは自然に発生したものです。あなたがやろうとしているのは無理にそこに入り込んで、利を得たいからでしょ。ここが違います」
「ああ、じゃ、見当違いでした」
「それが分かればよろしい」
「もっとポツンといる人にお近づきになります」
「それがよろしい。何人か知っていますので、紹介しましょう」
「そちらは簡単なのですね」
「そうです。取り巻きも側近も、仲良しグループもいません。しかし」
「はい」
「あまり値打ちがないので、人脈自慢にはなりません。逆効果かと」
「そうですか。ところで、あなたの場合は?」
「私もその部類です。仲良しグループなどいませんよ」
「じゃ、僕と仲良く」
「それは遠慮します」
「あ、はい」
「水島道太郎はいい人物なのですがね。取り巻きが悪い。これが欠点でしょう」
「人脈が多いのも良し悪しですねえ」
「少なすぎる私など悪し悪しですが」
「あああ、はい」
 
   了






2018年11月30日

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