恐れられた男
小さな勢力だが、周囲は迂闊に手を出せない。それは一人の人物がいるため。たった一人だ。
神童と呼ばれ、少し大きくなった頃にはこの国のお家騒動を巧みにさばき、分裂の危機を防いだ。
四書五経を諳んじ、学者として他国にも名が知られている。丸暗記ではなく、その解釈が巧みで、解説書も出している。さらに仏典にも詳しく、また神道にも明るい。
この男がいるため、他国は迂闊に攻め込めない。何をされるか分からないためだ。そのため周囲の国々よりも小さいのだが、誰も手を出さなかった。
しかし、周辺の諸勢力も、さらに大きな勢力の傘下になり、大軍で踏み潰すのは簡単になった。そんな知恵者が一人いようがいまいが、物理的に落とせる。
それまではこの小国を攻めようとしても、他国が味方になったり、また仲裁に入り、兵を入れることができなかった。だが今や周辺は大国の傘下に入り連合しているため、援軍も来ないし、仲裁する国など近くにはない。
それでも慎重なのは、あの男がいるためだ。
大軍で攻め込んだとしても、あの男は何をするかは分からない。おそらくもの凄い被害を被るだろう。それが怖いので、従属を進めることにした。これは仲間になれというのではなく、家来になること。受け入れれば、戦わずに済む。
さて、その男、既に三十に達していた。それでもまだ若い。
「従属なあ」
「はい、戦えば負けます」
「そうだなあ」
「いくら策を講じても、無理でしょ」
「そうだなあ」
「従いましょう。殿もそのつもりでいます」
「本心ではなかろう」
「そりゃ、そうですが」
「従属が気に入らぬはず」
「当然でございますよ。しかしあなた様でも何ともならないでしょ」
「そうだなあ」
「何か策でも」
「うーん」
結局、連合軍が恐れていたことにはならなかった。この小国、あっさりと従属してしまった。
どうやら神童と呼ばれたこの男。三十過ぎあたりで賞味期限が切れたのか、ただの凡人になっていたようだ。
了
2018年12月5日