小説 川崎サイト

 

出遅れ


「出遅れましたなあ」
「遅いです」
「まだ間に合うが、どうする。急ぐか」
「急ぐのは苦手です。慌ただしいのは」
「急げば間に合いそうなんじゃが」
「差が付きすぎました。これじゃ不利だと思われます」
「じゃ、どうするのじゃ」
「ゆっくり行きましょう。どうせ最後尾、多少前に出てもしれてます」
「そうじゃのう。急いでも急がなくても最後尾。その地位は不動か」
「まあ、のんびりと行きましょう」
「よし、そうしよう」
 向かう戦場はこちらが有利、押している。この主従の部隊は十数人ほど、この作戦に参加した豪族だ。勝つのは分かっている。だから参加したが、主の鎧がほころびていたので、それを直しているうちに出遅れた。家老と言うほどのものではないが、補佐するリーダ格が付いている。まだ若い。
「これでは手柄など望めそうもないのう」
「いえ、参陣したことで、もう十分でしょ」
「そうじゃな」
 敵陣は崩れかかっており、そこへ各部隊が押し掛けていた。
「おや、追いついたのでしょうか、兵がいます」
「手こずっておるのやもしれん」
「お館様、あれはお味方ではありません」
「え」
 敵味方を見分けるため、旗印を付けている。それがない。
「こちらに来ます」
「多いぞ。巻き返されたのかもしれぬ」
「どうします。もう見付かってますよ」
「様子を訊いて参れ」
「はあ」
「早く」
「ひ、一人でですか」
「多いと敵も警戒する。それと兵数を確かめてこい。こちらより多いのは分かっておるが、どの程度か」
「はい」
 補佐の若武者はすぐに戻ってきた。
「どうじゃった」
「敵軍の牧野庄左衛門様の部隊です」
「敵の主力ではないか」
「それで話あると」
「どのような」
「逃げたいので、手伝ってくれと」
「敗走兵か、逆方向だぞ」
「よく突破してきたものです」
「追うのは楽ですが、向かってくる敵は嫌ですからねえ。前を進んでいた部隊、避けたんじゃないですか」
「そりゃそうじゃ、死兵相手は怖い。それに主力なんじゃから強いしな」
「かなり減っておりますし、怪我人も多いようです」
「それで、逃がして欲しいと」
「はい」
「じゃ、逃がそう。というよりも戦っても勝ち目はない」
 補佐の若武者は、合図を送った。
 馬も失ったのか、主力部隊の大将奥野庄左衛門を先頭にやってきた。かなりの高齢だ。
「本国へ戻られますか」
「そうしたいが、攻め込まれておるはずなのでな。他国へ逃げたい」
「赤崎様の御領地がその山の向こうにあります。今回の戦いには参加しておられません。そちらでよろしいですかな」
「そうしてくれると有り難い」
「分かりました」
「名を聞いてよいか」
「はい、多々良郷の多々良宗義でございます」
 多々良宗義は若武者に命じ、里に戻って飯を運ばせた。
 赤崎領への山越えには流石に参加しなかったが、そこには兵などいないし、また敗走兵が敵の奥に入り込んでいるとは誰も思わないだろう。それで、無事、山を越えた。
 肝心の戦いだが、敵の本拠地まで詰め寄ったが、城は堅く、落とすまでには至らなかったが、数村は占領し、一応勝ち戦になった。
 出遅れた多々良宗典は当然手柄などない。逆に内通したことになるのだが、これはバレなかった。
 後年、このときの恩義を奥野庄左衛門は覚えていたらしく、主家は亡びたが、そのまま退避先の赤崎家に仕えたとき、誘ってくれた。
 赤崎家に仕えた方が将来の展望も拡がるのだが、多々良は土地を離れることはなかった。
 今も、この多々良の地に、多々良姓が多く残っているのはそのためだ。
 
   了




 


2018年12月10日

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