小説 川崎サイト

 

極楽堂奇譚


 この世は地獄と言った方が極楽と言うよりもリアルに聞こえる。
 卒塔婆村という陰気そうな村があるのだが、正式には村ではなく、地図にもそんな名はない。人をあだ名で呼ぶようなもの。
 その卒塔婆村に極楽堂がある。もうそれだけでも充分濃く、それ以上のことを聞かない方がいいかもしれない。興ざめしてしまうためだ。リアルとはそんなものだろう。
 温泉に浸かり、ああ極楽極楽というような感じをそのまま延長したような場所で、湯はないがお堂がある。木立の中にぽつりと一つだけお堂がある。天井が高いため、二階以上はあるかもしれない。中に背の高い仏様が立っているわけではない。
 しかしお堂に入ると、天井はそれほど高くはない。実は二階があり、そこが極楽堂主人の住居。一階が店舗で二階が住居、一階はスナックで二階はホームゴタツのある居間のようなもの。
 極楽堂主人は以前は下町で天国荘をやっていた。これはただのアパート。奇人変人が多く住んでいたが、立ち退きをしないので、放火され、今はない。それで郊外でまた妙なことをやり出した。その頃からこの主人の頭は天国だったが、極楽の方がいいのではないかと思い、今回は極楽堂を建てた。
 ただしお寺ではない。主人は僧侶ではないし、宗教家でもない。今回はアパートのようなことはしないが、本堂の大広間を解放した。ヘルスセンターの大広間のようなもので、須弥壇がある場所に舞台を作った。だからちょっとした劇場にもなる。ただ、照明や音響設備はない。
 極楽堂は、まあ、学校の講堂のようなもの。講堂そのものがお寺関係から来ているはずなので、似ていても不思議ではない。
 それで、今回は何をやり出したのかというと、貸ホールのようなもの。イベントができる。
 天国荘時代はアパートなので、生活の場。結構地味で、その住人達も貧しいだけ。奇人変人がいても普段は地味に暮らしている。そしてメンバーはあまり変わらないので、主人は飽きてきたのだろう。
 今回はハレの場を提供することで、賑やかで派手になった。
 天国荘時代は殺人事件があり、それで賑わったが、これはリアルなので、厳しいものがある。もっと浮き世離れした楽しさが好ましい。アパートが焼けたことをきっかけに、極楽堂へとチェンジしたことになる。
 極楽堂は大学の合宿所や企業の研修などでも使われるが、こういうとき、主人は二階から降りてこない。興味がないのだろう。
 建物がお寺のそれなのでよく間違えられ、本物の坊さんが訪ねて来ることもある。
 イベント会場として貸しているときは、ややこしい人達も多く来る。そういう日は主人も楽しそうだ。年中祭り、年中学芸会のようなもの。
 要するに極楽堂の極楽とは主人だけのものかもしれない。主人が一番楽しんでいる。
 しかし、こういう施設、それなりに揉め事が起こり、主人もそれに巻き込まれた。後で考える、主人が火を付けたのかもしれない。
 極楽堂主人の行方が分からなくなったのだ。そのとき演劇で借りていた劇団スタッフが探し回った。事件に巻き込まれたのではないかと。
 これはただの隠れん坊で、主人の悪い癖が出ただけ。騒ぎが起こるのが好きなのだ。
 これは屋根部屋に隠れていたのだが、これを一度やってみたかったのだろう。
 宇治の平等院などは平安時代の貴族が極楽浄土を味わうために建てたとされるが、それに比べると極楽堂は何故か生々しい。
 
   了
 



2018年12月12日

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