小説 川崎サイト



ピロシキ

川崎ゆきお



 本山はスーパーでコロッケを買おうとしていた。
「ロシアのおじさんの言うことにゃ、おやつは、やっぱり、こーれ」
 という、昔のコマーシャルソングが聞こえてきた。本山の頭の中からだ。
 小学生の頃に聞いた覚えがある。その時、テレビに映っていたのがコロッケのようなものだった。
「うちの坊やの言うことにゃ、おやつは、やっぱり、こーれ。パルピロパルピロ……」
 どうやらおやつののようなのだが、コロッケよりも分厚く、ザラザラとしたところがない。本山が知っている一番近い物が、コロッケだった。
 パルナスのピロシキとはどんな食べ物だろうかと想像した。
 当時本山はコロッケをよく食べていた。市場で売っており、一日分の小遣いで二つ買えた。
 揚げ立てのコロッケは、駄菓子屋のおやつより美味しく、ボリュームもあった。きっと油が効いており、満足が得られたのだろう。
 夕飯前の空腹時に買い食いすることが多く、そういう時に食べるとさらに美味しかった。
 しかし、ピロシキなどは町内で売っているのを見たことがない。
 駅前の市場や商店街にもピロシキはなかった。売っていないものをコマーシャルするわけがない。しかも、おやつなのだ。
 すっかりピロシキのとりことなった本山は、コロッケを食べている時もピロシキのように食べた。ピロシキがどんな食べ物か、知らなくても、コロッケをもっと美味しく、そして高級にしたものだと錯覚しながら食べた。
 するといつものコロッケが高級なおやつのように感じられた。
 ある日、両親が都心の百貨店へ買い物へ行くことになった。本山は連れて行ってもらえなかったが、土産を要求した。当然ピロシキである。
 母親もピロシキは知っていたが、実物を見たことはないらしい。
「ヒロウスかな」
 ヒロウスとはガンモドキのことだ。確かに近い形だ。
 そして約束通り、両親はパルナスのピロシキを持ち帰った。紙の箱に入っていた。
 本山はそれを見た時、パンだと分かった。揚げパンだった。カレーパンのようなものだった。母親は饅頭だと言った。
 欲しかった物を食べたので満足を得たが、コロッケより美味しい食べ物ではなかった。
 本山はスーパーでコロッケをカゴに入れる瞬間、そんなことを思い出したのだ。
 しかし、あの時食べた市場のコロッケ以上に美味しいコロッケとは未だ遭遇していない。
 
   了
 
 
 


          2007年6月19日
 

 

 

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