小説 川崎サイト

 

悪魔祓い


 妖怪博士は妖怪の研究家で術者ではない。しかしたまに妙な依頼を受ける。畑違いとまではいかないが、悪魔祓い。まあ、そういったややこしいことは多少ジャンルが違っていても同類と見られるのかもしれない。
「悪魔祓いのう」
「うちの編集長の友人らしいのです」
 依頼の仲立ちは妖怪博士付きの編集者。
「そんなものが日本にあるとは思えんが、確かに悪魔祓いなのじゃな」
「そう言ってます」
 妖怪博士は自信がないので、断る理由をいくつか述べたが、祓えなくてもいいので、儀式だけでもやって欲しいということなので、渋々引き受けた。
 妖怪も悪魔も同じだと思われているのだろう。しかし妖怪博士は妖怪を退治する術者ではない。そのため、妖怪でさえ退治できないのに、ましてや本邦では馴染みのない悪魔など退治できるはずがない。
 編集者の上司の知人の娘。これは妖怪博士から見るとかなり遠い。
 その知人、高梨氏の娘に悪魔が入ったらしい。アキュアという名前まで分かっている。悪魔アキュア。悪魔のことをアキュアと発音したのかもしれない。その娘。まだ小学生。日本の魔物には名前はない。あるにはあるがそれは屋号のようなもの。
 高梨邸は閑静な住宅地にある洋式の建物で、槍のように尖った鉄柵、西洋館を小さくしたような建物が奥にある。
 ああなるほど、ここなら悪魔が似合っていると妖怪博士は思いながらインターフォンを押した。セコムはないようだ。
 形式、形だけ、その程度の儀式でいいので、悪魔祓いを引き受けたものの、牧師や神父のような服装はしてこなかった。逆にそれでは牧師ではなく、ペテン師だ。しかし、悪魔に合わせた衣装は持ってきた。ちなみに牧師と神父は宗派の違い。日本のお寺さんは宗派が違っても坊さんは坊さん。
 建物内に入ると、そこはやはり洋館。ステンドガラスや煉瓦の壁。天井は高く、下から二階の廊下が見える。当然階段があり、半巻きの螺旋。
 ホールとまではいかないが、一階の大部分を占めているのだろう。
 妖怪博士は、そのホールのような居間のような応接間のようなところではなく、奥の狭い部屋に通された。
 高梨夫婦は二人とも十字架を首から垂らしている。悪魔除けではなく信者のためだろう。しかし、普段は身に付けているだけに違いない。妖怪博士が来たので、首からぶら下げたのだろう。
 確かにこの状態で娘がおかしなことになれば悪魔となるかもしれないが、その前に医者に診せるべきだろう。だが、敢えて妖怪博士を呼んだのは、原因が分からないためかもしれない。
 西洋の悪魔祓い。普通の教会ではやらないだろう。まして日本ではそんなものは聞いたことがない。悪魔祓いの需要がないためだ。
「お嬢ちゃんの様子を少し見たいのですが、面会できますかな」
「すぐに始められますか」
「まずは様子を見て」
「はい」
 妖怪博士はホールからではなく、裏側からの階段で二階へ上がり、教えられた娘さんの部屋を開けた。ロックされていない。
 娘と目が合った瞬間、目付きが変わり、唸り声を上げた。三角の目でじっと妖怪博士を見ており、歯をむき出しにした。
 妖怪博士はさっとドアを閉めた。
 そして先ほどの小部屋へ戻る。
「では、始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
「悪魔祓いのときのお嬢さんの姿は見ないほうがよろしいかと思いますのでここでお待ちください」
「あ、はい」
 妖怪博士はいつも鍔広の帽子を被っているのだが、それを脱ぎ、鞄から別の帽子を取り出す。もっと鍔広で垂れ下がるような帽子を鞄にねじ込んでいたのを広げ、皺を伸ばしている。ただの布きれのようなもので、畳めば小さくなるのだろう。
 それと肩当て、これは民芸品で、チベットのものらしいが、メイドインシンガポール。それと虫柄の派手なマント。イナゴがウジャウジャいるマントだ。先ほどの妖怪博士とは全くの別人。
 その姿で再び二階へ上がった。
 西洋の悪魔にはお経も日本式呪文も効かないだろう。ただ音のリズムは伝わる。いわば波長効果程度はあるが。それ以前に妖怪博士にはその力がない。
 しばらくして、妖怪博士が降りてきた。
「悪魔は抜けました」
 高梨夫婦はすぐに娘の部屋へ上がる。
 娘は泣きべそをかきながら寝ていた。
 
 しばらくして編集者が妖怪博士宅を訪ねた。これは後日談。
「悪魔祓いに成功したとか」
「そんな大層なものじゃない」
「しかし悪魔が抜けたと編集長から聞きましたが」
「そうか」
「悪魔祓いをマスターされていたのですね」
「していない」
「じゃ、どうやって」
「脅かしただけじゃ」
「先輩から聞きましたが、悪魔祓いの扮装で対決したとか」
「少し違うがな」
「そんなことで、簡単に悪魔が落ちるのでしょうか」
「直前にな」
「え、なんの直前です」
「ドアを開ける前にな」
「何か特殊な呪文でも。または魔方陣のようなものをドアの前で作ったとか」
「いや、面を被った」
「面」
「悪魔払いの扮装で面ですか。何の面です」
「悪魔の面だよ」
「はあ」
「お嬢ちゃんは、それでびっくりしたようじゃ。それで終わり」
「悪魔が驚いて、抜けたのでしょうか」
「そんなことはない。お嬢ちゃんが驚いたんじゃ」
「お嬢さんも怖い顔になっていたと聞きますよ」
「それより怖いのを見せてやった」
「子供だましのナマハゲですねえ」
「相手は子供だからな」
「じゃ、お嬢さんは嘘をついていたのですか。悪魔に入り込まれた真似を」
「嘘をつく気はなかったはず。そう感じたのだろうなあ。きっとあの親子の間で、何かあったのじゃろう」
「しかし、本物の悪魔が入っていた場合もありますよ」
「お嬢ちゃんの顔を見たとき、すぐに分かった。悪魔の顔になっておったが、露骨すぎる。いかにも悪魔ですよと言っているようなもの。本物の悪魔ならそんな怖い顔をして脅かすような下手な真似はせんじゃろ」
「そうなんですか」
「それとこの国では悪魔は無理」
「え」
「昔ならあのお嬢ちゃん、ただの狐憑きじゃな。狐憑きは叩けば落ちる。悪魔に近いのは鬼神。鬼なら鬼瓦で脅かせばいい。それで私の扮装じゃが神父ではなく、悪魔の扮装をしたんじゃ」
「これで、妖怪博士は悪魔祓いができると噂が立ちますよ」
「君が立てるのじゃろ。それはやめるように」
「ところで博士」
「何かね」
「まだ面を付けているのですか」
「え」
 
   了
 




2018年12月15日

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