引き寄せ効果
今日は何か良いことがあるのか。目覚めたとき高田はそんなことを思った。これは考えるほどのことではない。冬の寒い朝、わざわざ起きてまでやるようなことがあるのかと、つい怠けたことを考える。これは考えが足りない。しかし、高度な思考というのは寝起きにはない。一体の動物レベル。
しかし動物と違い、すんなりとは起きない。なかなか起きてこない動物もいるが、何か良いことがあるのかとまでは考えないだろう。
その何か良いこと。そう毎日あるわけではない。あれば起きやすい。楽しみがすぐそこにあるのだから、その引力で起きやすい。その日にあるとすれば、良いことの引力圏内。
高田は少し考えるが、考えたり思い出さないと出てこないようなので、ないのだろう。
起きやすいように良いことを作るべきだろうか。しかしそんな良いことなどすぐにネタが切れてしまうはず。そんな手間の掛かることなどしないで、嫌々ながらでも起きてきた方がいい。それにどんな日でも病気で起きられない日以外は起きている。それ以上寝てられないほど寝てしまうと、これは起きるしかないし、腹も減るし、寝床にも飽きてくる。
そして再び今日は何があるのかと考えたが、やはり特別な何かがある日ではない。こういう日が普通で、良い事もないかわりに悪いこともない状態はまずまずの日で、それで満足すべきだろう。
よく考えると高田は良いことあるように生きてきたような気がする。これは裏返せば悪いことが起こらないような日々だ。しかし、一歩進んで、積極的に良いことを求めたい。
良いことを期待するにはそれなりに種を蒔かないといけないのだが、この種蒔きや過程が面倒。努力あってこそ良い事が起こるのだが、努力だけで徒労に終わることもある。何かを仕掛けることはいいのだが結果は分からない。使った労力が無駄に終わるのなら、マイナスだ。逆に悪いことを招いてしまったりする。
良いことを求めると悪いことも起こる。
そこで思い付いたのが「訪れ」だ。この訪れは春の訪れのようなもので、向こうからやってくる。何の努力もなしに。だからタナボタに近い。
「どう、高田君、最近は」
「相変わらずさ」
「それで充分だよ」
「訪れを待っている」
「あ、そう」
「知ってる?」
「知らないけど、それはもしかして神様」
「ああ、それに近いけど」
「それは手が掛からなくていいねえ」
「しかし、待つだけじゃ今一つかな」
「願いは叶う」
「よく言われているねえ」
「望んでいるものを招くんだ」
「良いことなら何でもいい」
「もっと絞らないと」
「ほう」
「そうでないとイメージが湧かないでしょ。願いにはイメージが必要。そのイメージになりきることだよ」
「え、どういうこと。なっていないのに」
「先取りするんだ。それを招き水という」
「蒔き水は」
「さあ、似たようなものだけど、求めているだけでは駄目。それになりきった振りをする」
「金持ちになりたいと思ったら、金持ちの振る舞いをするのかい」
「そうそう」
「でも金持ちの振りをするには金が掛かるんじゃないのかい」
「少しだけ良いものを買ったり、使ったりすればいい。それで気分がぐっと盛り上がってくる。そして金持ちならこうするだろうというような仕草をする」
「自分が金持ちになったときのイメージだね」
「そうそう」
「それで良い事が起こるの」
「良い流れを招き寄せることができる」
「分かった。引き寄せの法則だろ」
「それそれ」
「で、君はやってるの」
「少しやったけど、金遣いが荒くなって月末の食費が苦しくなったなあ」
「気持ちだけでも良いんじゃない」
「そうだけど」
「効果は」
「なかった」
「それじゃ、人に勧めないでよ」
「しかしねえ、得意先回りの仕事でタクシーを使ったんだ。すると、気持ちが向上して、良い結果が出たよ」
「タクシー代で月末の食費、大丈夫だった?」
「食パンと卵で凌いだ」
「そこが苦しいねえ」
「新幹線もグリーン車だ」
「そんな人が増えると、景気が良くなるかもしれないねえ」
「まあ、浪費に近いけどね」
「消費に貢献だ」
「それで月末の飯代が苦しいのに耐えられなくなって辞めたよ。それに貯金もできないしね。毎月積立貯金をやってるんだが、それも辞めていたから」
「それで何が引き寄せられるの」
「流れが変わる」
「変わった? あ、変わっていないよね、あまり良くなっていないようだし」
「途中で辞めたからだよ。良い波長が宇宙から来ていたんだけど、受信料を払わなかったのか、止まってしまった」
「大変だね」
「まあ、そんなことを全員がやれば、上は満員になるからね」
「でもやらないと、どんどん下へ行くんだろ」
「いや、普通だ。あまり変わらない」
「それとねえ、その引き寄せ効果、意識してやっていない人に福が来ていた」
「じゃ、引き寄せ効果を意識しないで無意識でやるのがいいんだ」
「まずは引き寄せ効果を意識しないという引き寄せをすることになる」
「もう、分からない。何をやっているのかが」
「まあ、思いは叶う。願いは叶う。全員叶ったら、同じことになる」
「その話はもういいけど、良い事がある日がたまにある。そんな日は朝から元気だ。これが毎日なら良いのになあという程度かな」
「そういうのはたまにだからいいんだよ。毎日だと面倒になる。喜んだり感動するのに疲れるから」
「そうだね」
了
2018年12月18日