小説 川崎サイト

 

年末の人


 三村は年末なのに忙しくない。それが少し物足りない。慌ただしいのは嫌なのだが、この時期はそれが相場。いつもの年末らしくない。それは引退したため仕事がないため。
 年をとるに従いこんな忙しい仕事は辞めたいと思っていたのだが、思う思わないにかかわらず、あっさりと印籠を渡された。それでも本人がその気ならまだ続けられたのだが、そのまま何もしなかった。これは了解したとみられた。
 それは秋の終わり頃、淋しくなる晩秋、時期としての背景は見事にマッチしている。葉が一枚一枚と落ちていき、風でバサッと一気に落ち、残った葉がいやに目立った。最後の一葉という短編小説がある。それを連想した。小説では、その葉は書いた絵。だからなかなか落ちない。
 しかし三村はあっさりと落ちた。引退を惜しむ人もない。自分でさえ惜しまなかったりする。
 それでやることもないまま年末の一日一日を過ごしていたのだが、歩みが遅い。去年ならあっという間に大晦日を迎えていた。それに比べると日が立つのが遅い。といって一日が長く感じるわけではない。仕事で忙しくて、できなかったことをのんびりとやっている。意外とそれで一日はあっという間に暮れるのだが、日数は一気ではない。ここは少し不思議だ。時計を見ているときは早いが、カレンダーを見ているときは日が進んでいない。止まっているわけではないが。
 これはその日にこなさないといけない日程表がなくなったためだろう。残りの日が一日でも長い方がいい。しかし、どんどん過ぎていき、残り僅か。それで日が立つのが早いと感じたのだろうか。
 ある日、聞いたことのない会社から電話が掛かってきた。
「三村さんですね。引退したと聞きましたが、何とかなりませんか。受けて欲しい仕事がありまして、もの凄く急ぐのです」
 平田にもその経験がある。どうしても年末まで間に合わないことがあった。そのとき、別の人に頼むのだ。
「はい、よろしいですよ。引き受けますよ」
「助かります」
 秋までやっていた仕事なので、まだまだ現役。すぐに仕事に取りかかる。それほど時間はかからないだろう。しかし、急に忙しくなる。
 それをこなしていると、あっという間に年の瀬になり、その年を終えた。
 それから何年も経つが、決まって年末だけ仕事が来るようになった。普段は来ない。
 年末、一つか二つ程度、数日で済む仕事をするだけ。果たしてそれで現役だと言えるかどうかは疑問だが、結構忙しく仕事をこなして年を終えるだけに、元旦の朝は、去年もよく仕事をした、となるようだ。
 
   了
 




2018年12月20日

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