小説 川崎サイト

 

顧問卜占


 人事課長が社長室に入ってきた。
 社長は履歴書を見ている。十枚以上ある。それをさっと見ながらチェックマークを入れた。
「これが私の推薦というか、まあ、一応参考にしてください」
「はい、できるだけ、そのようになるように選びます」
 社長は詳しく読みもしないで、その中の三人に印を付けた。その基準は特に特技がなく、アピールするものもなく、また経歴も大したことがない人間を選んだ。
 この社長、実は何もできない。だから社長をやっている。社長は何もできない方がいいのだろう。だが、何もできないからこそ社長をやっている。
 次はコンサルがやってきた。
 社の大事な方針を決める日が近い。既に意見は出尽くし、三択になっている。あとは社長の判断ということになるのだが、この社長、何も決められない。それにどの案がいいのかも分かっていない。どの案もいいように見えるし、悪いようにも見える。
 コンサルは一匹狼と、他の二社に頼んでいる。その三人が団子の串刺しのように入ってきた。
 それぞれ分厚い封筒を持っている。いかにも仕事をしましたといわんばかりに。
 それら資料を見せながら、今回の方針について述べるが、別の方針も伝える。
 一匹狼のコンサルは凄いアイデを示した。他の二社は驚いた。社長も、うーむと頷いた。しかし、社長は何も決められない人なので、これは聞くだけ。
 いずれもそれらは手続きにしかすぎない。
 それからしばらくして、一人の顧問が現れた。黒い幅広の帽子に黒いマント。少し場違いだ。
「今回も頼みます」
「はい、分かりました」
 顧問は鞄から卜占道具を取り出した。三枚の木の札。三択だと聞いたので、風呂屋の下駄箱の鍵札のようなものを持ってきたのだ。
「始めますかな」
「はい、よろしく」
 三枚の木札には漢数字が書かれている。風呂屋の木札に近い。それをパチンパチンと裏返し、三枚横に並べ、何度も入れ替えた。
「はい、整いました。好きな木札をお選びくだされ」
 社長はかなり迷ったが左端のを選んだ。その番号は三択の番号と合わせてある。
 これで、社の重大方針案が決まった。一匹狼コンサル案に偶然決まった。
 社長は交通費という名目で卜占料を支払った。だから大した額ではない。
 それにこの顧問、占いなどできない。賭場の壺振りのようなもので、サイコロを振っただけ。選ぶのは客。
 そのため、社長自らが決めたことになる。
「今日は冷えますねえ。お茶でも入れます」
「いやあ、この部屋は暖房が効いているので、冷たいお茶がいいですなあ」
 社長は秘書を呼び、グリーンティーを作らせた。
 何もできない社長と、何もできない顧問はズーズーとグリーンティーをストローで吸い上げた。
 この顧問、卜占に長けた人ではない。
「ではこれで、失礼します」
「また、お呼びしますので、そのときはよろしく」
「はい、分かりました」
 社長が、この占いもできない人をいつも呼んでいるのは占い師にありがちな仕草がないためだろう。二人とも占いなど信じていないので、気が合うようだ。
 この顧問、本職は妖怪研究家。妖怪博士と呼ばれている。この社長宅に出た妖怪を一度退治したことがある。夜中に踊り出す阿波人形で、そのとき付けた名は「妖怪阿呆」。実際は社長の精神的なところから発した幻覚。だから退治したわけではない。
 その縁が今も続いているようだ。
 
   了




2018年12月25日

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