小説 川崎サイト

 

徳俵村


「今年も終わりますなあ」
「際に何か欲しいですなあ」
「というと、今年は大したことは何もなかったと」
「あったような気もしますが、忘れました」
「忘年会シーズンなので、忘れてもいい頃ですなあ」
「色々あったはずなのですが、やはり際の際で、何かもう一つ欲しいところです。そうでないと、このまま暮れてしまいます」
「それでいいんじゃないですか。平穏で」
「いや、何が凄いことがあって、来年を迎えたい。この時期だけの欲求ですがね。何かが欲しい。このままじゃ頼りない」
「何が欲しいのですか」
「何でもかまいません。何か積極的に前に出て、してやったりとなるようなものが欲しいのです」
「いやいや、このまま平穏に終わる方がいいですよ。下手なことをすれば、無事に越せないかもしれませんしね」
「その恐れもあります。何かをこんな際にやり、とんでもないことが起こり、年内ではけりが付かなく、悪いことを来年元旦からやらないといけなくなる恐れもありますから」
「よく分かっておられる。無理に刺激を求めて事を起こす必要はないですよ。必要性があるのなら別ですが、ないのでしょ」
「はい、でも、このままの年越しでは物足りない」
「年の瀬らしい何かがいるわけですね」
「そうです」
「それは楽しいことですか」
「当然です。大喜びできるような」
「そんなことは簡単には出てこないでしょ。今年一年、積み重ねのようなものが開花するとかなら別ですが」
「開花しませんでした」
「じゃ、押し迫った時期ですが、旅行にでも出られたらどうです。大晦日から元旦にかけてが旅先ならちょっとは違うでしょ」
「それは大層です」
「大層と感じるのですから、あまり楽しいことじゃないのですなあ」
「ただの一人旅なんて、ちょっとねえ」
「徳俵さんって知ってますか」
「何ですか。土俵のあれですか」
「丸い土俵に凸型の小さな出っ張りがあります。そこも土俵内。本来押されて土俵を割るところが、この徳俵で助かった」
「それがどうかしましたか」
「ここからなら一泊必要ですが、徳俵さんへ出掛けてはどうですか」
「何ですかそれは」
「三十二日あります」
「え」
「大晦日の次の日がまだあるのです。徳日です」
「大晦日の翌日は元旦でしょ」
「ところが一日だけ多いところがあるのです。それが徳俵さん。または特配様とも呼ばれていますが、そんな神社はありませんし、神様もいませんが」
「それは何処にあるのですか」
「行く気になりましたか」
「場所を教えてください」
「巣南市から行けます。大晦日になると開きます」
「店ですか」
「道が開きます」
「その徳俵へ出る道ですね」
「そうです」
「それで一日増えるのですね。戻ってきたら、一月二日だったということはないでしょうねえ」
「ありません」
「そこで泊まれるのですか」
「徳俵村に民宿があります。ただ、そんな村はないのですよ。年に一度だけ道が開き、行けるだけです」
「ほう」
「そこで一日分、余分に過ごせます。ただし、その村からあまり離れない方がいいですよ。小さな村ですので、すぐに外に出てしまいます」
「村の出入り口はその道だけなのですね」
「周囲は山に囲まれていますが、山側へ分け入ることができます。その先は山また山、もうこの世の山塊ではありませんが」
「怖いところですねえ」
「どうです」
「そこで何をするのですか。何があるのですか」
「だから、一日分特配で余計にもらえるわけです。十二月三二日を体験できます。年の瀬の徳俵ですから」
「年末忙しくて、一日でも時間が欲しいというわけではありませんから、一日増えても」
「でも刺激的でしょ」
「暇ですることがなかったりしそうです」
「まあ、徳俵村探索でもして過ごせばいいのです」
「変わった村ですか」
「ごくありふれた何処にでもある山間の村です」
「地味なところなのですね」
「そうです」
「じゃ、ここにいる方が、まだましだ」
「じゃ、行かないと」
「普通の一泊旅行より、面倒そうですから」
「いい話なのになあ」
「はいはい、有り難うございます。参考になりました」
 
   了

  



2018年12月29日

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