小説 川崎サイト



プレート仏

川崎ゆきお



 中学生の頃、勉強ができるグループとそうでないグループがあった。
 木下はできないグループにいたのだが、グループがあったわけではない。あくまでも成績上の数値によるグループ分けだ。そんなグループが存在し、グループ活動をしていたわけではない。
 木下はその頃から今まで、勉強ができるグループとの接触はない。全く縁遠い人種だった。
 ところがある日、そのエリート人種の近藤が工場に現れた。
 木下はステンレス加工所で製造ラインの一つを任されていた。
 近藤は商社の名刺を木下に渡した。
「木下君がこの会社にいると知ってね。これ幸いと来たわけです」
「二十年ぶりかな」
「すっかり老けたでしょ」
 木下は近藤と話したことはなかった。同じクラスだったが、口を利く機会がなかったのだ。それはお互いに避けあっていたためかもしれない。
「実は商談なんだけど」
「ああ、僕は営業じゃないから」
「いや、営業担当を紹介して欲しいんだ」
「それだけでいいの?」
「恩に着るよ」
 木下は営業部長を呼んだ。
「じゃあ、僕はこれで」
「君も同席しろよ。同級生なんだろ」
「はい」
 依頼はステンレス製の仏像で、プレートに仏像を型抜きしたものだった。
 木下は不審に思った。そんな仕事は普通に注文すればいい話だ。
「安く作ってくれということですかな?」
 営業部長が聞く。
「値切りに来たんじゃありません。もう一つ、入れてもらいたいものがあるんですよ」
「何かを聞き入れて欲しいということかな」
「魂を入れて欲しいのです」
「魂なら、木下君がしっかり込めますよ」
「作って貰うのは最初は百枚です。そこに本物の魂を入れて欲しいのです」
 近藤は小瓶をテーブルの上に置く。どうして入れたのか仏像が液の中に浮かんでいる。
「この仏水を製造過程で使ってください」
「木下君、帰ってもらいなさい」
 部長は席を立った。
「どうした? 近藤。どうかしたのか」
「乗ってこないなあ。無理か。悪かったなあ木下。他を当たるよ。鉄工所紹介してくんない?」
 木下は断った。
 近藤が帰ってから、名刺にある商社へ電話した。
 しわがれ声の老婆が電話に出た。
 
   了
 
 


          2007年6月21日
 

 

 

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