小説 川崎サイト

 

初詣


 大山がボロアパートからワンルームマンションへ引っ越して初めての新年。テレビを見ているうちに迎えていた。
 真新しい気持ちにでもなったのか、初詣に行くことにする。どちらが先なのかは分からない。初詣を思い付いたとき、気持ちが新たになったのか、新たになったので初詣か。おそらく初詣を思い付いたのが先だろう。
 テレビを見ていると除夜の鐘が鳴っていた。それで思い付いたのかもしれない。
 この物件を探しているとき、周辺をウロウロし、どんなところかと探ったことがある。まだ年末前のこと。そのとき神社があったのを覚えている。周辺は住宅地だが、以前は農村だったようだ。小さな神社で何処にでもある神社。距離的に一番近い。
 新年の挨拶を土地の神様にする。まずは地盤から固める。これは新年早々、いいことを思い付いたと思い、その儀式を執り行うことにした。といっても単に近所の人が地元の神社へ詣でるだけの話。平凡でよくある話なので、特殊なことでもなく、凄いアイデアでもない。むしろもの凄く単純で、一般的なことで、単なる慣習だろう。
 ワンルームに引っ越したのは会社員になったため。これで生活が安定するのでボロアパートから引っ越せた。平凡な会社で平凡な暮らし。普通の社会人が普通の社会生活をおくるようなもの。
 神社はすぐに見付かった。意外と近い。うろ覚えにしては迷わず来ることができたが、何故か暗い。
 それに参拝客の姿がない。誰も神社へ向かっていない。十二時を少し回った頃なので、御神灯が灯っていたり、境内で焚き火でもしているはずだが、ボロアパート時代の町内とは違うようだ。
 鳥居を潜ると、ちょっとした広場があり、その先に石の柱が二本立ち、その間を縄で結んでいる。これは最初見たときと同じなので、普段からそうしているのだろう。
 石柱のすぐ向こうに小さな社殿があり、ガラガラがあり、賽銭箱がある。
 その賽銭箱の向こう側に社殿の扉があるのだが、そこに人影。椅子に座っているのか、五つの後ろ姿。
 灯りは扉前を照らしている電球だけ。正月にしては地味というより、何もしていないのに近い。
 近付くと大山の足音が聞こえたのか、後ろ姿が動いた。
 大山はとっさに後退した。何か行事でもやっているのだろう。しかも暗いところで。
 これは見てはいけないもの、聖なる何かだろうと思い、ゆっくりと離れた。
 五人の人影全員が立ち上がり、大山を見ている。
 初詣をしてはいけない旧村時代の神社。そんなものがあるのだろうか。地元の人はそれを知っているので、誰も詣でない。だから参拝客がない。
 立ち上がった五人が、じわじわと大山に近付いて来る。そのうち一つの影が消えた。暗いので階段を踏み外したようだ。
 大山は後ろ歩きではなく、入り口の鳥居目指して突っ走った。
 ここは因習の残る村なのかと思いながら、部屋に戻った。途中で自販機でコーラを買ったのは、アメリカン的なものを飲んで、すっきりとしたいため。
 後日大山は大家に聞くつもりだったが、オーナーは遠くにおり、管理会社が代行していた。ここを紹介してくれた駅前の不動産屋で、大きなチェーンだ。
 直接そこで担当者に聞くと、流石に地元の事情に詳しい人で、まだ若いのだが、よく知っていた。
 あの神社は無人で、もう何もやっていないとか。
 五人組が座っていたことをいうと、流石にそれは知らないらしい。いずれにしても初詣に来る人はいないとか。その準備をする人がいない。氏子はいるが、関わりたくないらしい。
 ではあの夜、社殿前で座っていた五人は何だったのか。暗くて顔までは覚えていないが、まだ若そうだった。背が高かったし、着ているものでも何となく分かった。
 彼らは学生で、何かの部活かもしれない。そんなややこしいことをするのは一般社会人にはいないだろう。
 大山は新年早々怪しいものを見てしまったが、一般化できないことが世の中にはある。
 既に社会人になった大山としては、それは立ち入ってはいけない世界なのかもしれない。
 
   了



2019年1月4日

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