小説 川崎サイト

 

変人社員


 下村は少し変わったところがある。変人とまではいかないのは勤め人のため。全くの変人では勤まらないだろう。しかし、類は類を呼び。上司の竹中はこの下村に注目している。一寸毛色が変わっているからだ。
 下村の直接の上司は課長なので、竹中部長との接触は少ないのだが、課長から噂だけは聞いているのだろう。
 仕事の話ではなく、愚痴。下村の愚痴が一番多い。というより、奇行が多いため、話題にしやすい。ただ、愚痴と言うよりも、変わった奴だというゴシップ的内容。
 ある日、課長がいないとき、下村は直接報告書を持って行った。日報のようなものだが、本来課長が持っていく。毎日部長がそれに目を通すのではなく、週に一度程度。しかも流し読み。こういう上が見るような日報には大したことなど書かれていない。それに本当のことをそんなところに書かないだろう。事実関係も抜けているところが多い。長文になるためだ。
 課長は丁寧に読むが、部長は適当。これは課長は部下の熱心さを見ている。ただ文字数が多ければ熱心だというわけでもなさそうだ。
 部長は手渡された日報をさっと見ている。しかし、毎回目を留める箇所がある。それは下村が書いた箇所。
 部長は本来、そんな日報など読む必要はない。これは課長の仕事ぶりを監視しているようなもの。だが、ただの確認で、ただの形式。
「鉢植えねえ」
「はい」
「それを置いたと」
「盆栽が可能かと」
「何処に置いた」
「私の机です」
「その観察日記かね」
「いえ、そうじゃありませんが、これで育たなければ、室内の空気とか、陽射しとかが分かります」
「陽射しなど入ってこないでしょ」
「間接光が来ます」
「なるほど。しかし室内で盆栽は無理だろ。松だったかい」
「はい」
「今度は金魚を飼いたいと思うのですが」
「置く場所が問題だね」
「それと水です。ここの水道の水が合うかどうかです。泡が出るポンプとかは使わない方針です。水が合うかどうかも大事ですが、室温や、湿気。当然空気も影響します。水と小石だけで藻類は入れません。自然にできる苔に期待しています。そして砂は入れます。これがないと金魚がストレスを起こします。泥はいけませんが、小石の入った粗い目の砂を入れます」
 部長室にはもの凄く太い松の盆栽がある。大蛇のようにとぐろを巻いている。
 部長はそれを指差しながら「僕が新入社員の頃から育てたものだが、実はそうじゃない。途中で枯らした。これは買ったものだが、嘘をついていた」
「それは一目で分かりますよ。こんなに太い幹にはなりませんから」
「金魚もそうだね。大きくなってから死なせてしまった。それを隠すため、似たような大きさの金魚を買って入れ替えたよ」
「その金魚は」
「いや、金魚は卒業した」
「松もそろそろ卒業ですか」
「そうだね」
「あ、お時間を取らせました。日報を持って来ただけですから」
「ああ、一度ゆっくり話したかったんだが、まあ、いいか」
「いつでもお相手しますが」
「間違った方向へ行かないようにね」
「はっ」
「風雅はいい。しかし風狂はいけない」
「同じ意味では」
「風雅はいい趣味だが、風狂は趣味が悪い」
「はい」
「世の中と少し違う、変わったことをするのはいい。しかし、全部変わった場合、変人になり、会社勤めができなくなる」
「はあ」
「だから、一寸だけの変わり者程度で抑えることだね」
「肝に銘じます」
「僕はねえ、実は松じゃなく、松を見ているのではなく、虫を見ているんだ」
「はあ」
「どこから来たのかねえ。虫がいるんだ。それを見るのが楽しみでね。これは隠している。松を見るのはいい。しかし虫を見ると危ないのだよ」
「そんなものですか」
「それよりも君、エクセルで私小説を書いているようだね」
「どうしてそれを」
「課長が見たらしい」
「あ」
「僕も出てくるらしいので、一度読ませてくれないか」
「メールに添付します」
「そうか、そうしてくれたまえ。しかし君が書く純文学なら全部嘘だろ」
「分かりますか」
「そのタイプの人間だからね」
「はい」
「だから、フィクションとして楽しむよ。どんな日報よりもきっとよくできていると思うからね」
「戻り次第、すぐに送ります」
「うん、そうしてくれ」
「はい」
 
   了



2019年1月7日

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