小説 川崎サイト



不思議な

川崎ゆきお



 作田は深夜のファミレスで「不思議な」という活字にぶつかった時、「不思議な」という声が聞こえた。
 隣のテーブル席からだ。まだ十代らしい男女だ。声はその中の女の子から発せられたが、会話の中で出てきた言葉のようだ。
 これはよくあることで、部屋で雑誌を読んでいる時、ある言葉に目がいった瞬間、その言葉がテレビやラジオから発せられることがある。
 しかし、あまり使われないような言葉での重なりは少ない。
「不思議な」は比較的よく使われる。活字の中でも日常会話でも登場し、さらに広い世代で使われ、男女とも使う機会がある。
 だが「不思議な」という言葉が重なるのは、やはり不思議だ。
 作田は本を閉じ、コーヒーのお代わりを入れに行く。
 既に朝に近い時間で、雨がしと降っている。
 作田がこのファミレスへ来るのは久しぶりだ。予定ではこの店ではなかった。
 行きつけのファミレスが工事中なのか、真っ暗だった。
 雨の中を自転車でやっと辿り着いたのに、閉まっていたのだ。
 仕方なく、来た時の三倍ほどの距離を走り、今いるファミレスへ入った。
 そこで「不思議な」の重なりに遭遇したわけだ。
 作田は、これは何かの合図のようなものではないかと考えた。
 三倍の距離を走っている時、不思議なものを見なかったかどうかを思い出そうとした。
 思い当たることが一つだけある。ファミレスへ入る手前の国道の交差点で、事故を目撃した。事故そのものを見たわけではないので印象は薄いが、警察の車やバイクが多数来ており、レッカー移動する寸前だった。
 軽自動車のフロントがへこんでいた。作田はそのすぐ横の横断歩道を自転車で通過した。
 これと「不思議な」とは繋がらない。間を繋ぐものがないのだ。
 だが、強引に考えれば「不思議な」の重なり理由ではないが、このファミレスへ入ったことは本意ではなかったということだ。
 作田は、さらにこじつけた。
 それは、偶然そうなった場合は、その先でさらに偶然の遭遇があることだ。
 空が白み始めるころ、作田はファミレスを出た。まだ雨は降り続いている。
 家に戻るまで、危険な状態が続いていると思い、慎重に自転車を転ばせた。
 
   了
 
 
 



          2007年6月22日
 

 

 

小説 川崎サイト