小説 川崎サイト

 

菜の花を見た


 どんよりと曇った冬の空。雨になるか雪になるか。おそらく雨だろう。降るとしてだが。なぜならそれほど寒くはないため。
 小林がそんな空の下を自転車で走っていると、畑に菜の花が咲いている。それもたった一株。まだ大寒前。冬の終わりなら春を知らせてくれるが、まだ早い。春の前に真冬の底が待っている。
 菜の花であることは間違いない。毎年この畑の横を通っており、春になると菜の花畑になる。
 小林は不思議なものを見た思いだが、冬でも桜は咲く。
 自然の理は季語とは違う幅やばらつきや例外がある。冬に咲く朝顔、これも珍しくはない。
 その畑の菜の花、見たのは小林だけではないはず。畑の主も見ているし、当然通りがかりの人も見ている。だから、小林がそれを見たからといっても特別なことではない。誰でも見ることができる。ただ、受け取り方が違う。
「冬の菜の花ねえ」
「啓示です」
「すぐにそこへ行く悪い癖があるね」
「今年は春が早い」
「それは啓示ではないでしょ」
「そうでした」
「君は予言を信じるかね」
「予言など聞いたことがありません」
「そうだね。予言者もいないしね」
「昔の予言は聞いたことがあります。読んだり、ドラマで見たりとか。ゲームなんかにもよく出てきます」
「リアルで聞いたことは」
「一種の予言ですが」
「どんな」
「新製品の予言とか」
「それは予想だろ。もっと神秘的なのはないかね」
「ありません」
「じゃ、菜の花を見て、予言と思ったのはどうしてだい」
「予言ではなく、啓示です。お告げのような」
「そこにどうして結びつけるのかね」
「ドラマでよくありますから」
「それで君は菜の花から啓示を受けたと」
「いや、そこまでいきません。意味するところが分かりませんから。ただ春が近いというだけで」
「素直な解釈だ」
「でも強引に結びつけられなくもありません」
「消極的な言い方だね。自信がないためだろ。言ってみなさい」
「春の意味です」
「ああ、この世の春とか、我が世の春とか、そういう解釈だね」
「春にはいろいろな意味が含まれていますから、それとは限りませんが」
「じゃ、何かね」
「ただの印象ですが、良いことがあるような気がしました」
「その根拠は」
「気がしただけです」
「気のせいだ」
「はい」
「しかしねえ」
「何でしょう」
「どうしてそういうことを私に話した。話すような内容じゃないでしょ」
「ネタです。会話の」
「あ、そう。まあ少しは間が持った」
「はい」
「しかし、他の人には言わない方がいい」
「そうなんですか」
「弱々しく見えるからね」
「意味がよく分かりませんが」
「啓示とか予言とか、そっちの話はしない方がいいのです。ここでは」
「はい」
「私達の仕事を全部否定しかねないのでね」
「あ、はい」
 
   了



2019年1月15日

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