小説 川崎サイト

 

天然主義文学


 角を回ると吉田の家が見える。電柱が邪魔をし、最初は見えないが、そこには古びた質屋の広告。その質屋も古び、今は営業していない。看板も錆びてしまい、質の文字に切れがない。質を丸で囲んでいたのだが、それも今では途切れている。
 吉田の家は見えているのだが、まだ門だけ。その手前に数軒の家がある。その左側は公園の植え込み。密度の濃い葉のためか、公園内はよく見えない。しかし一本だけ違うものが植えられており、それが椿。この時期、ここが赤くなる。何故一本だけ種類の違うものが植えられているのかは察しが付く。右側の家の主が植えたのだ。
 公園の生け垣だが、その手前の余地、これは道路上ではなく、少しだけスペースがあり、花壇になっている。公園の花壇ではなく、前の家が勝手に庭のように使っているのだ。
 そこを通過すると、もう一軒家があり、煉瓦塀で煉瓦の門。近所付き合いが全くない老夫婦が住んでいる。その隣が吉田の家だが、まずは門。これはお隣に合わそうとして煉瓦風だが、実際にはブロック塀と変わらない。質感だけを模している。それがみっともないと思ったのか、隠すように吉田は蔦を這わせている。偽の煉瓦よりも、この蔦を見てもらおうとするかのように。
 蔦は門を越え、回り込んでいる。吉田が植えたので、蔦がいくら枝分かれしても、根元は分かっている。そこを切れば、始末できる。
 門はあるが門戸はない。あると開け閉めが面倒だし、カギもいる。それを持ち歩くのが面倒。また落とすかもしれない。だからスペアキーも用意する必要がある。キーは玄関だけでいい。これなら持ち出すのは一つで済む。
 門から玄関口までは通路だけ。左右は他人の敷地。つまり吉田の家が奥まったところにあるので、門から入っても庭には出られない。玄関のドアを開けない限り、敷地内には入れない。だから門は開けたままにしている。
 その日、いつものようにそこを通り、玄関に辿り着く。
「これ、全部いらないですよ。一行でいいです」
「はあ」
「角を回ってから玄関まで行く描写ですが、必要ですか」
「はい、写実派なので」
「そんなに見事な描写じゃないでしょ」
「軽くスケッチ風に」
「質屋の看板、公園前の植え込みに混ざった椿。煉瓦門。蔦の絡まった吉田の家の門。何に絡んでいるのですか」
「偽煉瓦の門に」
「そうじゃなく、ストリー上での絡みですよ」
「別にありません」
「門から玄関までの通路。確かにそういう家、ありますねえ。奥まっていて。これが何かに絡んできますか。または心理の変化などを表すときの記号になってますか」
「なってません」
「だから家に戻っただけでしょ。言いたいことは」
「はい」
「だからこのあたりの描写、全部無駄ですから、削除です」
「ここを書いているとき、一番楽しかったのですが」
「これじゃ退屈で読んでられない」
「はい」
「さっさとメインの筋を展開させないと」
「な、なかったりして」
 
   了



2019年1月20日

小説 川崎サイト