小説 川崎サイト



ミュージシャン

川崎ゆきお



「売れなかったミュージシャンは農薬を使った野菜を食べないといけないんだよねえ」
「僕なんか野菜は嫌いだから進んで食べませんよ」
「それでは有名なミュージシャンにはなれんぞ」
「すごい解釈ですねえ」
「森を買ったミュージシャンもおる」
「売ってるんだ」
「裏山の雑木林だよ。持ち主が手放した」
「よく、山を売り払った……て言いますよね」
「その山を買ったんだろ。死体でも埋めるつもりかねえ」
「またまた」
「自然を愛さないミュージシャンは有名にはなれん」
「有名になったから、そうなったんじゃないすか」
「まあ、ミュージシャンにも色々おる」
「イメージが大事ですからねえ」
「わしも出世して、農薬を使っとらん野菜を買いたいよ。何処で売っとるんかのう。うちの近所のスーパーでは見かけんが」
「自然食品の店とか、有機野菜農家直販所とか、そんな場所じゃないっすか」
「詳しいじゃないか」
「推測ですよ」
「高原にログハウスを建てとるミュージシャンがおるのう。あれも気にくわん。そんな田舎に住んでおっても仕事ができるのも気にくわん」
「いいじゃないですか。自然を愛するのは」
「わしらは排気ガスの中で暮らしておるのになあ」
「儲かれば何でもできますよ」
「わしゃ、もう無理だ。ダーティーイメージだし。汚れとる」
「やっつけてくださいよ」
「わしゃ、ギター教室で細々と余生をおくっとる。それに無名じゃ。汚い親父ががなっても誰も耳をかさんわ」
「でも日本のフォークの草分けなんでしょ」
「ああ、分けただけだ。ヒット曲がない。致命的だ」
「もし、ヒットしていたら、どうします」
「高原の森を買い、ログハウスを建て、無農薬野菜を栽培し、そして食べたい」
「野菜って、無農薬でないと体に悪いんすか? 俺、食べてないからいいけど」
「うむ、そういうことに拘って生きたいものだ。わしゃ、明日買う野菜代もないわ。それよりも米を先に買うべきか」
 
   了
 
 


          2007年6月23日
 

 

 

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