小説 川崎サイト

 

風邪


 野中の一軒家、そう見えるのは周囲に家がないためで、草原や山中にポツンとある家ではない。水道やガス、電気など、その家のために引かないといけないので、大変だろう。お隣が遠い。一番近いお隣さんはお寺。朽ちたような寺なのだが敷地が広い。土地持ちなのだ。
 妖怪博士が呼ばれたのは、そういう一軒家で、平屋。木造で戦前に建ったものだが、建て方は丁寧。意外とこういう家は長く住める。しかし、ぼろ家に近いためか、空き屋になり、放置された。やがて地主の寺が貸家とした。
 そこに引っ越して来た隠居さんからの依頼。この年寄りにとって、そこは隠遁のための別荘に近い。敢えてこの家を選んだのは生まれ育った家と同じタイプだったためだろう。親は公務員だった。
「夜になると妙な音が鳴るのですよ。最初は風だと思ったのですがね。何せ一軒家で遮るものといえば庭木ぐらい。だから梢が鳴っているのかと思いましたが、風のない日でも鳴くのです」
「どのような音ですかな」
「ひゅーんと」
「じゃ、風ですな」
「シュワー、ギュワーなどとも」
「それは少し妙ですな。音だけですかな」
「その音が気味悪くて寝付けません」
「しかし、こんな一軒家に越してきて、大丈夫ですか」
「昼間は日向臭いところで、陽気な場所ですよ」
「子供の頃の思い出と繋がるような家とか」
「そうです。間取りも似てましてね。縁側もあるし、庭に花を植えたり、小さな池を掘ったりして、遊んでいましたよ。母親が蒲団を干していて、縁側にも出していましてね。ポカポカに膨らんだ蒲団でして、その上で寝転ぶのが好きでした」
「音はいつ頃からですかな」
「さあ、気にもしていなかったのですが、最初からでしょうか。最初はそんなものだと思っていましたがね」
「台風も来たでしょ」
「はい、来ましたよ。近くを通過しました」
「そのときの風の音と同じですか」
「いい質問です。そうじゃないからお呼びしたのですよ」
「じゃ、風じゃないと」
「はい」
「この近くに変わったところはありますか」
「空き地が多くて、家が建っていないのが不思議ですが、まあ、交通の便も悪いし、町からも遠いので、宅地としては今一つなんでしょう。あと、変わったところといえばお寺があります。一番近いお隣さんがお寺なんて、一寸洒落てますでしょ」
「そうですなあ。年をとると医者を飛ばしてお寺さんコースもありますからなあ」
「ここはそのお寺さんの地所です」
「お寺ですか」
「お寺といっても普通の家に近いですよ」
「お寺さんには相談しましたか」
「いえ、借りているので、何かケチを付けるようで」
「まあ、お寺とその風の音とは関係しないでしょう。しかし、風がないのに、風音がするというのは妙ですなあ」
「そうなんです」
「家鳴りはしますか」
「しません」
「音は決まって夜中ですかな」
「はい、昼間はしません」
「うーん」
 妖怪博士にも分からないらしい。何とか妖怪の仕業に持ち込みたいのだが、寺と強引に結びつけるには、遠すぎる。
「まあ、梵鐘系でしょうなあ」
「梵鐘とは、お寺の鐘ですか。あの寺には釣り鐘はありませんが」
「除夜の鐘と同じです。もの凄く遠くから聞こえてきます。遮るものがなく、しかも静かな、こんな場所ならなおさらです」
「つまり」
「音の通り道なんでしょうなあ」
「でも風がない夜でも」
「風ではなく、音の通り道」
「しかし、何か邪悪な感じがしましてね。それでそのタイプの妖怪ではないかと」
「そんな発想ができるのなら、大丈夫でしょ」
「ここは一つ、何か妖怪名を」
「そうですなあ」
 妖怪博士は一つゴホンと咳をした。
「風邪です」
「邪悪な風という意味ですね」
「しかし、悪意はないはず。従って音色を楽しめばよろしい」
「はい、分かりました。妖怪だと分かれば、安心できます」
「凄い神経ですなあ」
「妖怪なら、大丈夫ですから」
 一軒家からの帰り道、妖怪博士は吹きさらしの中をあるいていた。
 また咳が出たあと今度はクシャミまで出た。
 
   了



 


2019年1月31日

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