小説 川崎サイト

 

匂いのきつい通り


「昨日は何処まで行きました?」
「ああ、散歩ですか。近所ですからねえ、特にいうほどのものではありませんが、少し妙なところに入り込みましたよ」
「といいますと」
「いつもはそちらへは行かないのですよ。何だかあまり良さそうな雰囲気じゃないので」
「どんな場所ですか」
「住宅街の続きですがね。周囲とそれほど違いはないのですが、何か饐えた匂いのようなものがするのです」
「酸っぱいような、腐っているような」
「そうです」
「時間帯は」
「夕方です」
「何か夕食の準備でもしていたのでしょ」
「しかし、腐ったような」
「じゃ、魚でもさばいていたのでは」
「いや、その近くまでは朝夕関係なく、昼でも通るのですが、やはり饐えたような」
「じゃ、朝食や昼食の準備でしょ」
「食べ物の匂いじゃありません。生き物の匂いじゃなく、植物の匂いでもなく、つまり生臭い匂いとは少し違うのです」
「それで、昨日はその嫌な場所へ踏み込んだわけですね」
「ええ、少し匂いがましだったので、これならいけると」
「まさかゾンビの寝床では」
「ゾンビは生きているでしょ。少なくても肉体だけは」
「じゃ、何なのです」
「空気です」
「空気が臭い。じゃ、ガス漏れとか」
「それなら、ずっとガス漏れ状態で、そのうち引火して爆発しますよ」
「それで、踏み込まれて、どうでした。何かありましたか」
「少し家並みが古くなります。でも普通の住宅ですからね。時代劇に出てくるほどには古くはありません。古くて汚くなったりもしません。見た感じ、一寸時代的に古いかなと思う程度です。また、子供時代、こんな家がまだ新しかったかなと思うほどです。だから、何となく懐かしい家並みです」
「その家並みのエリア、広いですか」
「いえ、電柱数本分ですかね。走れば、一気に抜けらるような一角です」
「そこを抜けると、何処に出ます」
「公園とかがあって、その向こうは大きい目の通りで、そこはよく通っています」
「そこを通っているとき、人を見ましたか」
「見ませんでした」
「住んでいるのでしょうか」
「住んでいると思いますよ。まあ、その辺の道でも人を見かけない通りはいくらでもありますから」
「しかし、誰も見なかったと」
「はい」
「饐えた匂いはどうでした」
「少し弱まっていたので、通る気になったのですがね。抜けると匂いも消えました。あれは何でしょうねえ」
「きっと匂いを誘発するようなものがあるのでしょ。実際にはそんな匂いは立っていない。この錯覚はありますよ。見ただけで匂いがするとか。実際にはそこからの匂いじゃありません」
「はあ」
「私は昔、写真をやってましてねえ。自分で現像してましたから酢酸とかを使うのです。きつい匂いですよ。まだ中学生の頃ですがね。写真部にいました。一年でやめましたが、その後、カメラを見るとその匂いがするようになったのです。カメラからそんな匂いは立っていない。それと同じじゃないですか」
「じゃ、僕は何を見て、あの匂いが来たのでしょう」
「今度行ったとき、その通りの入口に何があるかをよく見ることでしょ。使わなくなった暖炉の煙突とか、挽き臼とか、置き石とか。何か、あなたに関係したものがあるはずですよ」
「分かりました。今度行ったとき、確認してみます」
「そうしなさい」
 
   了



 


2019年2月9日

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