小説 川崎サイト



足の生えた魚

川崎ゆきお



「魚に足が生えておるんだよなあ」
 松田部長が話しかける。
 大岩は戸惑った。
「じゃあ、この仕事進めます」
 大岩は聞こえなかったふりをし、デスクから離れようととした。我ながら露骨だと思った。聞こえないわけがないからだ。
「どう思う」
 部長は聞こえているものとして続けた。
 大岩は逃げ場を失った。とっさの知恵も浮かばない。
「平べったい魚でね。フナに似ておる。足は腹の下からニョキリと伸びとる」
「部長、それは……」
「何かね」
「あり得ないと思いますが」
「わかっとるよ。あったり前じゃないか」
「そうですねえ」
「足は相当長い。それで二足歩行する。かなり早い」
「どういうことでしょうか?」
「だから、思っとる以上に素早い。だが水の中じゃないから、どこかぎこちない。足が長いので、かなり大股で走りよる」
「恐れ入りますが、それは何処で」
「わが家じゃ」
 大岩は部長の家庭の事情を語っているのかと思った。
 丘に上がった魚。まな板の上の鯉。どれも身動きがとれん。撥ねるだけで精一杯。そうだろ?」
「はい」
「ところが足があればどうだ。歩けるし走れる」
「でも、呼吸が」
 部長はむっとした。
 部長の魚が足がもつれ、転倒した。起き上がれない。手がないからだ。
「君はどうして、そんなこと言うの?」
 魚はひと撥ねし、体を起こした。
「部長こそ、どうしてそんなことおっしゃるのですか」
「何が、そんなことだ?」
「足の生えた魚の話ですよ」
「駄目か?」
「あまりふさわしくないかと」
「そうか」
「では、失礼させていただきます」
「君も足を出したか」
「最初からあります」
「そうか、行ってよろしい」
 大岩はドア前で、足がもつれ、転倒した。
 
   了
 
 
 
 

          2007年6月25日
 

 

 

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