小説 川崎サイト

 

いいもの


「いいものをお持ちで」
「ああ、これですか」
「高かったでしょ」
「いやいや」
「私なんてとても手が出ませんよ」
「使いやすいですよ。非常に快適です」
「そりゃそうでしょう、最高のものですから」
「そうなんですがね。しかし、しばらく使っていると、これが普通になりましてね。もう最初の頃のあの快適さはありませんよ」
「快適さに気付かなくなったと。でもそれはそれで羨ましい限りですよ。憧れます」
「あ、そう。別に人に見せるものじゃないけど」
「そうですねえ。使うものですから。同じ使うのなら快適に使いたい。私から見れば夢のようなものですよ」
「買えば済むことですよ」
「お金がねえ」
「それは仕方がない」
「あるのですがね」
「ほう。じゃ買えるじゃありませんか」
「私には似合わない。それにそんな高級なものを持つような身分じゃないし」
「そんな身分制度はありませんよ。金さえ払えば誰でも買え、誰でも持てますよ」
「でもプレッシャーが」
「持てば慣れて、あたりまえのようなものとして使えますよ。私なんて、もうこれがいいものだという感じさえないのですから。だから、いいものだという有り難さがどんどん薄れていきます。そしてねえ、しばらくすると、思ったより凄くはなかった、こんなものかと、少しがっかりします。想像していたものとは違うのです」
「私なんて、もっと凄いものだと想像していますよ」
「しかし、現実はもっと下ですよ」
「そんなものですか。でも、そういうのを持つのが夢なので、夢は夢として残しておいた方がいいのかもしれませんねえ」
「そうですよ。叶ってしまった夢なんてそんなものですよ。逆に私は、もっと手間の掛かる面倒臭い昔のものに憧れたりしますよ」
「どうしてですか」
「不思議と結果が違うのです」
「いいものの方がいい結果が出るのでは」
「快適です。それだけなんだなあ」
「快適の反対は何でしょう」
「不快ではないと思いますよ。一寸スムーズにいかないだけです。これを不快と取るかかどうかでしょ」
「しかし、そんないいものをお持ちなのに、満足していただかないと困りますよ。私にとっては憧れの到着点のようなものなのですから」
「そうですなあ。夢を壊すような話はやめましょう」
「はい、そうして下さい」
 
   了

 


2019年2月21日

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