小説 川崎サイト

 

貧の戻り


「長く生きておりますとねえ、忘れ去ったもの捨て去ったものが多く出ます。出物腫れ物ところ構わずじゃないですが、もっと構わなければいけなかったこともあります」
「その中の一つが復讐を」
「さあ、どんな善人でも閻魔さんに掛かれば、一つや二つの悪行があるでしょ。そのことよりも悪いことをしたとか思わないまま過ぎ去ったりします。相手は一生覚えております。積年の恨みを抱くだけの粘り強さがあれば別ですがね。そこまで執着する方が逆に無理です。ただ、それがきっかけで、一生台無しになったとかになりますと、別ですが」
「それで」
「怨まれるようなことは何もしていないという方でも、その存在そのものが恨みを買う場合もありましてね」
「それで今回は」
「人の場合はそうです。行く人来る人通る人、戻る人もおられれば、過ぎ去るだけの人もおられます。それらは人の場合ですな。まあ、この世は人の世」
「はい」
「実は人だけではなく、物にもあるのです」
「出ましたね。そちらの話ですね」
「そうです。空の財布。これは捨ててはいけない。拾った人は迷惑。一文無しになって財布も空。だから貧乏な人なのでしょ。もう財布があっても入れる銭がない。こんな物捨ててしまえと捨て去る。拾った人は銭に困っておられる。財布など見ると、すぐに拾うでしょ。しかし、その場で開けてみればいいのに、持ち主が探しているかもしれませんのでね。さっと持ち帰り、家で開けて見る。すると空」
「所謂空の財布というやつですね。有名なお話しです」
「そうです。しかし空だと思いきやさにあらず。綿ぶくなどが底の隅にあるもの。これが貧乏神の寝床の蒲団。見えないほど小さな貧乏神がそこで寝そべっておる。財布の持ち主が変わったことを知った貧乏神、早速仕事を始める」
「空の財布を拾った人が貧乏になるのはそのためですね」
「逆に財布を捨て去った方は貧乏神も一緒に投げ落とした。これで、このお方は貧乏は治らぬが、普通の貧乏に戻れた。これを目出度し目出度しとまではいきませんがね」
「それで、過去からの復讐のようなお話しはどうなりました」
「寒の戻りのように貧の戻りがありましてな。捨てた貧乏神が元の主人を懐かしがり、戻って来よります。これが怖い」
「貧乏が戻るのが怖いわけですか」
「今も貧乏ですがな。それは普通の貧乏。しかし貧乏神がもたらす貧乏は尋常ではない。非常にきついですぞ」
「貧乏神は人ですか」
「そういうもので、物でも人でもない。しかし、物にはそういう貧乏神のようなものが付着したり、沸いたり、変化することがあります」
「それを物怪と」
「まあ、長く生きておると、そういうものが増える。人生何処で何をしたのかまではもう忘れておるしな。まあ物を捨てるのはいいが、拾うのは控えるべきだろう」
「それが今日の教訓ですか」
「少し浅いがな」
「あ、はい」
 
   了



 


2019年2月28日

小説 川崎サイト