小説 川崎サイト



警戒心

川崎ゆきお



 ふと周囲を見回すと昔からの友達が一人もいなくなっていることに松田は気付いた。
 四十過ぎの松田は管理職となり、働き盛りだ。
 毎日多数の人と接しているのだが、その中に友達はいない。
 仕事以外に知人はいるが、友達と言える関係ではない。用事がなければ会う機会もない。
 昔からの友達が消えていったのは、用事がなくなったためかもしれない。
 松田が友達だと思っていた連中も、用事があってこその関係だった。
 松田も用事がなければ会おうとしなかったことを思い出す。
 家庭を持ってからは、ますます友達と会う機会が減った。友達が誘ってくれても断ることが多くなり、そのまま連絡がつかなくなった。
 旧友は多いが、もうアクティブではない友達ばかりになっている。
 松田は、そんなものだと思いながら、多忙な日々を過ごしていたのだが、少し淋しいような気になった。
 四十を過ぎると友達と遊びに行くより、家族で過ごすほうが充実した。
 しかし、気になった。
 それで旧友の船岡に電話した。高校時代からの悪友だ。こういう時は悪友のほうが連絡しやすい。
「久しぶりに飲もうや」
「珍しいじゃない。何かあるの?」
「何もない」
「怖いねえ」
 居酒屋で二人は雑談に耽った。パチスロや競馬の話が主だった。松田は、もう卒業した世界だが、船岡はまだ遊んでいるようだ。
「まだ、結婚はしないのか」
「それより仕事がない」
「会社は?」
「会社だけが仕事場じゃないさ」
「今日はおごるよ」
「御馳走さん。で、本当の用事は何」
「こうして飲みたかっただけさ」
「おまえから呼び出されたのは初めてだよ」
「そうだったか?」
「よほどのことなんだろ。相談に乗るよ」
「別に用事はないんだ」
「言いにくいことなんだな」
「言いやすいことだよ。たまにはこうして会いたかっただけさ」
「怖いなあ。おまえ、何を企んでるんだよ」
「まあ、そんなんじゃないから、さあ、飲んで飲んで」
「気味悪いじゃないか」
 船岡の警戒心は最後まで解けなかった。
 
   了
 
 
 



          2007年6月27日
 

 

 

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