小説 川崎サイト

 

花の寺


 パラパラしている。春の初めの日曜日。平田は出るか出まいかと思案した。既に行く準備はしてある。あとは靴を履き、玄関のドアを開ければいい。鞄の中には水筒も入っている。ネジ式のただのペットボトルだが水ではなく、朝、沸かしたお茶なので、まだ温かい。
 パラパラした雨からそのうち本降りになるのはまずい。天気予報では曇りとなっている。だから雨は余分で、降る気のない雨だと思われる。そう判断したいのは出掛けるため。桜にはまだ早いが、梅が満開。そろそろ終わる頃。寒くて出掛けにくかったのだが、今日は暖かい。そして次の日曜は別の用事がある。出るなら今日しかない。だが、パラパラ。
 では出ないで、家いるか。何かそれでは不満。梅など見に行く必要はないのだから、行かなくてもいい。しかし、梅を見に行くのではなく「お出掛け」がしたい。日曜の自由時間、自分の時間を過ごせる。このまま部屋にいても不満だろう。だが、パラパラ。
 平田はドアを開け、外に出てみる。
 雨は大したことはない。これなら傘などいらないほどだが、それでも降っていることは確か。傘がなければ濡れる。
 傘を持って遊びに行く。しかも野外へ。これはやはり天気のいいときのものだろう。春先の陽気に誘われて行くもの。しかし陽気は誘えてもらえるが雨は誘ってくれない。これが遠足なら雨天決行となるギリギリの線。小雨よりも降りの弱い微雨。おそらく雨量計ではゼロだろう。降っているのだが、この量では降っていないことになる。曇り空なことは確かだが、一寸おもらしした程度。
 平田は行く気が勝ったというより、部屋にいる方が嫌なので、出ることにした。傘を当然差して。
 梅園は数駅先の駅からバスで終点まで乗れば、寺があり、その周辺に梅が多い。梅と桜とモミジが多いのは確信犯だろう。今は梅のネオンだけが灯っている感じ。さらに地面には紫陽花。これは桜の次だ。さらに池には蓮や菖蒲。
 どう見ても狙って植えて育てている。四季を通じて色があるように。
 平田と同じ思いの人が多いのか、駅からバスに乗るとき、結構客がいる。ほとんどが終点のお寺へ行くためだろう。服装で分かる。
 パラパラ程度では決行する。もうその日しかなく、また他に目的が見付からないのなら、予定通り行く。
 来ている人は中高年の女性の団体が多い。男性も中高年がほとんどで、平田のように一人が多く、たまに二人連れがいる程度。この寺は梅の名所ではないので、見に来る人が多いわけではない。平田と同じで、一番近いところにある梅が多い場所程度。入場料もいらないし、また寺の周辺にも梅がある。ここも寺の土地だろう。
 土産物屋も売店もない。いくら人が来ても、寺は迷惑なだけかもしれない。
 花で蝶を呼んでいるのだが、呼んでも儲けにならない。銭の取りようがない。
 寺の本尊は何か分からないし、非公開。だが、境内は開放されている。
 きっと花が好きな住職が何代か前から育てているのだろう。それだけのことかもしれない。
 平田にとり、ここは比較的近いし、人も少ないので、気に入っている。雨もパラパラだが人もパラパラ。
 平田にとり、ここは花の寺。
 さて、肝心の梅だが、さっと見回っただけ。梅を見るのが目的なのだが、本当は何でもいいから出掛けたかっただけのようだ。
 
   了



 


2019年3月6日

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